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ラスト。

ある意味、大正最大の事件は1923年(大正12年)9月1日の「関東大震災」でしょうか。

死者10万人以上は日露戦争にも匹敵します。(罹災者は340万人以上。)

震災デマ」で殺された人も数知れず。

9投   芥川龍之介は「自警団」に入っていた経験があり(p193)

なぜ、自警団に入っていたかと言いますと、

芥川龍之介
そうでもしないと間違えられて虐殺される恐れがあったからですよ。

「或自警団院の言葉」「侏儒の言葉」という作品はこの時の経験を元に書かれております。

黒澤明監督の父親も朝鮮人と間違えられて暴徒に囲まれました。
警察が自警団を戒めても効果は薄かったです。

新型コロナ時代の「自粛警察」なんて、武装していませんしまだマシと思いますよ。

甘粕事件

震災のどさくさに紛れ、甘粕正彦陸軍大尉殿は憲兵隊により無政府主義者の大杉栄、伊藤野枝を殺害しました。
「甘粕事件」というやつですね。

その後、甘粕は満州に渡り、「甘粕機関」と呼ばれる特務機関を設立。

さらには「満州経営の黒幕」と呼ばれるまでになります。

虐殺を恐れて多くの朝鮮人が帰国

虐殺されたのは朝鮮人だけではなく、中国人、日本人も間違えられて虐殺されました。

いずれにしても多くの朝鮮人が帰国しました。

ただ、復興が始まると労働力募集に応じて徐々に日本に来るようになりました。

12月には渡日数が帰国数を上回りました。

三一独立運動以後、文化政治に転換したのがここへ来て効を奏したかな。

事件後の「虎の門事件」

虎ノ門事件」とは12月、無政府主義者の難波大助が虎ノ門で昭和天皇(当時皇太子)を暗殺しようとした事件ですね。

甘粕事件や、亀戸事件(労働運動家・平沢計七らが亀戸署に捕らえられ軍隊により虐殺)の反発があったようです。

この件で山本権兵衛内閣は総辞職しました。

山本権兵衛殿はどうも運が悪い。

もう少し中枢にいてくれる期間が長ければ歴史が変わっていたのかも知れない。

大正時代編 打線一覧

1中 イギリスが日英同盟に基づく日本の参戦を回避しようとしていた(p160)

2遊 パリ講和会議の時には巧みに、山東半島・南洋諸島の利権の獲得・承認に成功(p169)

3一   「大戦景気」は戦争中だけのことでした。(p162)

4二 原敬内閣の成立事情に「シベリア出兵」「米騒動」は欠かせない(p189)

5捕 孫文も二十一か条の要求の内容とよく似たことを日本に打診しています。(p183)

6三 九カ国条約の経済的恩恵は、明らかに日本とイギリスが得ました。(p186)

7左 1920年代、共和党政権と日本との関係はむしろ良好(p175)

8右 1930年代に右翼・軍部によって再度強調(p175)

9投   芥川龍之介は「自警団」に入っていた経験があり(p193)