~只今、全面改訂中~

こんにちは。

今回ご紹介しますのは、「南北朝時代第3期②:1369年」です。

長慶天皇即位により主戦派が優勢となったため、和平派であった楠木正儀は北朝に出奔します。

河内・和泉守護となった楠木正儀を南朝は裏切り者として攻撃。

南朝軍の士気は高く、北朝は援軍を送りますが、依然として楠木正儀の劣勢は続きます。

また、延暦寺の強訴、北陸での桃井直常にも悩まされた年でもありました。

応安2年/正平24年(1369年)年表

1/2楠木正儀、北朝へ出奔

※新しく即位した長慶天皇が主戦派であり、楠木正儀は居場所をなくす
※管領細川頼之は楠木正儀を河内・和泉守護として厚遇
※南朝は楠木正儀を攻撃
1/明の使者が懐良親王のもとに到着

※朝貢と倭寇の取締を依頼。しかし、懐良親王は国書の書き方が無礼として使者7人のうち5人を斬り殺す。残りの2人は3ヶ月拘留のち、釈放。
※前年にも使者が訪れていたが、この時は懐良親王までたどり着かず、賊によって殺害される
※当時の倭寇(前期倭寇)は主に対馬、壱岐、松浦、博多の倭人で構成され、朝鮮半島、中国大陸沿岸まで進出していた。初期の目的としては「大陸の偵察」、「元寇の復讐」であったが、次第に「武装商人」としての性格を帯び、交渉がうまくいかなければ略奪を働き、各国を悩ましていた。
3/16南朝の攻撃により楠木正儀が劣勢のため、赤松光範(16日)、細川頼元(18日)が派遣される

※細川頼元は細川頼之の14歳下の弟。赤松家と細川家は姻戚関係を結んでいた。
※南朝軍には和田正武ら。楠木正儀にとっては同族である。
3/20楠木正儀、天王寺へ逃れる

※赤松光範、細川頼元の支援にも関わらず北朝軍敗北。
※これまで何度も煮え湯を飲まされてきた楠木正儀を助けることに士気は上がらず、逆に裏切り者を成敗するために南朝は士気が上がる。
4/20延暦寺強訴

※前年8月の「続正法論」で天台宗が非難されたとして、延暦寺は春屋妙葩(臨済宗事実上のトップ)と定山祖禅(南禅寺住持)の配流を訴えていた。
※六角氏頼、山名時氏、赤松則祐らはこれを認めるべきとしたが、細川頼之、土岐頼康らはその必要はないとしたことで、延暦寺の攻撃が必至となり、全員で警護にあたっていた。
※春屋妙葩はさらに南禅寺楼門の新築を幕府に依頼していたが、南禅寺と紛争状態にあった園城寺がこれに抗議し、延暦寺の僧徒もこれに反対し、撤去を求めた。
※前年11月に定山祖禅が遠江に配流となったが、延暦寺の圧力はなおも続き、強訴となった。
※六角氏頼らの奮戦により内裏は守られたが、最終的に細川頼之は南禅寺楼門の撤去を認め、この判断に不満を持った春屋妙葩ら五山の住持は一斉に隠遁した
4/南朝、河内天野の金剛寺(大阪府河内長野市)に移る

※1359年までは行宮であった(その後、観心寺→吉野)
4/28桃井直常挙兵、能登国に侵入

※弟の直信は兄と同調せず、幕府に従い在京する
6/29桃井直常、能登国守護吉見氏頼と合戦開始

※越中守護斯波義将、加賀守護富樫竹童丸も加勢し、桃井は追い詰められる
10/斯波義将、桃井直常の籠城する松倉城(富山県魚津市)攻略

※直常ら桃井一族は再起を図り、翌年の「長沢の戦い」へ
11/21金王丸(足利氏満)元服

※11歳。
※「満」はおそらく3代将軍・義満の偏諱であるが、本来、偏諱は頭に来るので、なぜ「満氏」ではなく、「氏満」となったのかは不明。(初期には「満氏」とする記録もあり)
※先代の義詮ー基氏のような協調関係と異なり、義満ー氏満の関係は対立的な関係となっていく
楠木正儀
細川どの、実は…
細川頼之
これは、これは、敵方の大将がいかがなされましたかな?
長慶天皇
楠木正儀?親父と仲良かったみたいだけど、わしは親父のように甘くはないぞっ!北朝が降伏して謝罪するまで和平などあり得ん!!
細川頼之
そういうことでしたか。私は楠木どのの能力を高く評価しております。北朝の一員として和泉・河内守護に任命いたしましょう。
細川頼元
南朝のやつらが楠木正儀に攻撃を仕掛けて、南朝有利だから助けにいけっていうけど、兄さん、楠木正儀の応援なんて嫌だよー。でもまあ行くけど…。
細川頼之
頼元、すまんな。こっとは天台宗と臨済宗の間に挟まれて大変なんよ。北陸で暴れまわってるのもいるし…。
斯波義将
細川さん!北陸で暴れまわってる桃井直常のことは僕に任せておいてくれよっ!
懐良親王
えー、こちら九州。しかしなんだ、明とやらは。文面があまりに無礼だから斬り殺してやったわい。
菊池武光
うーん、懐良親王さまは斬り殺しちゃったけど、明は何かしら使えるんじゃないかな…
足利氏満
俺の名は金王丸あらため足利氏満。鎌倉府の1番偉い男だけど、俺よりも偉い奴が京都にいるって聞いて、なんか腹立たしいんだよなー。俺の氏満って名前もそいつからもらってるらしいし。親戚とはいえ、顔も見たことねえしな。
足利義満
ふーん、なんか東に生意気そうな奴がいるんだってな。まあ、いいや、そのうちわからしたるわ。