- 2022/12/22
- 2024/05/24
☞【鎌倉後期㊱:1333年5月】『まさかの!鎌倉幕府崩壊!!』
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㊱:1333年5月」です。 六波羅軍の応援に来ていたはずの足利高氏は幕府から寝返るや否や、瞬く間に六波羅探題を陥落させました。 一方、東日本では新田義貞が群馬で挙兵し、高氏の息子・千寿丸(足利義詮)と合流して、さら […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㊱:1333年5月」です。 六波羅軍の応援に来ていたはずの足利高氏は幕府から寝返るや否や、瞬く間に六波羅探題を陥落させました。 一方、東日本では新田義貞が群馬で挙兵し、高氏の息子・千寿丸(足利義詮)と合流して、さら […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉟:1333年4月』です。 鎌倉幕府の一員として派兵された足利高氏は、密かに後醍醐天皇と内通し、鎌倉幕府に反旗を翻しました。 (持明院統)正慶2年(1333年)年表 (大覚寺統)元弘3年(1333年)年表 4/8 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉞:1333年1-3月」です。 1月、護良親王の檄に応えて、播磨の赤松円心が挙兵しました。 閏2月には名和長年の手引によって、後醍醐天皇が隠岐を脱出し、 鳥取県の「船上山」(せんじょうさん)に籠城して幕府軍と戦いま […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉝:1332年」です。 承久の乱における後鳥羽上皇の例にならい、後醍醐天皇は「幕府への謀反人」として、隠岐島(島根県)に流されました。 これで倒幕運動は下火になるのかと思いきや、生け捕りを逃れた護良親王、そして楠木 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉜:1331年」です。 この年、吉田定房の密告により再び後醍醐天皇の倒幕計画が幕府の知るところとなりました。 幕府が後醍醐天皇を捕らえて遠国に配流するという情報をキャッチした天皇方は、南方へ逃れます。 そして、笠置 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉛:1327-30年」です。 長崎高資が双方から賄賂をもらってことで混乱をきわめた東北の「安藤氏の乱」は一応の和解を見せました。 一方、後醍醐天皇は息子の護良親王を比叡山に送り込むなど、着々と倒幕計画を進めます。 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「鎌倉後期㉚:1325-6年」です。 皇太子・邦良親王逝去に伴い、京都では大覚寺統内の邦良親王派と後醍醐天皇派、および持明院統とが、次期皇太子をめぐって熾烈な争いを繰り広げておりました。 一方、鎌倉でも得宗・北条高時が病気で […]