こんにちは。
今回ご紹介しますのは、「南北朝時代第1期⑤:1338年2月」です。
青野原の戦いで勝利した北畠顕家は、高師泰・佐々木道誉との対決を避けて、伊勢を目指しました。
高師泰の追撃を振り切りましたが、ついに足利家執事・高師直(師泰の兄)が出陣します。

建武5年/延元3年(1338年)2-4月年表
2/14 | 雲出川(くもずがわ:伊勢)の戦い ※北畠顕家、追撃してきた高師泰の軍を振り切る |
2/16 | 櫛田川(くしだがわ:伊勢)の戦い ※北畠顕家、同じく師泰の追撃をかわす |
2/21 | 北畠顕家、奈良に入る ※幕府執事高師直がついに出陣 |
2/28 | 般若坂(奈良県奈良市)の戦い ※高師直が北畠顕家軍に勝つ ※顕家は一時的に吉野撤退、行動を共にしてきた義良親王を預ける。 |
3/7 | 摂津国天王寺(大阪市天王寺区)の戦い ※顕家は不屈の闘志で復活、幕府軍に勝利 ※敗戦に驚いた幕府は足利直義が東寺で兵を構える ※さらに顕家の弟、顕信が石清水八幡宮(京都府八幡市)を占拠 |
3/13 | 高師直、石清水八幡宮奪回 ※翌日には天王寺へ |
3/15 | 摂津国渡辺の戦い ※尊氏のいとこ、上杉憲藤、重行兄弟戦死 |
3/16 | 阿倍野、天王寺の戦い ※再び高師直軍が出陣、顕家軍を撃破 |
4/ | 新田義貞、金ヶ崎城奪還 ※詳しい月日はわかっていないが、5月には少なくとも奪還。 ※義貞も上洛するチャンスはあったが、後醍醐天皇との関係悪化により第三極としての勢力拡大を狙ったと思われる。 ※斯波氏(越前)をはじめ足利軍は劣勢となる。 |

このまま上洛を目指すと、高師泰・佐々木道誉たちが待ち構えているのか、、
しかも我が軍は長旅と戦によって疲弊している、、
いったん、父のいる伊勢に向かうぞ!

ほぅ、北には向かわないんだね。
新田義貞と合流されるとちょっと厄介だったけど。
よし、追うぞ!

大丈夫、追いかけっこなら任せて!
僕が「まいて」見せますから、
顕家殿は早くお父上のもとへ!

畜生、撹乱されてるっ、、
これが「逃げ上手の若君」か、、

師泰、そのおチビちゃんは甘く見ちゃいけないよー。
それに北畠顕家どのは相変わらず強いな。
いよいよ、僕の出番かなっ?

ついに現れたな、足利家執事・高師直!
相手にとって不足なし!

ほほー、さすがにやるな顕家どの。

え、、大丈夫か、、
石清水八幡まで占拠されちゃったけど、
僕も準備しないと、、かな、、

いいのいいの、坊っちゃん(甥にあたる)は休んでてよ。
今に取り返して見せるから。

ぐぐぐ、、、

そうか、、顕家どのも頑張っておられるか、、
わしらも金ヶ崎城を奪還するぞーっ!!