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☞【南北朝時代第3期⑪:1378年】『足利義満、権大納言・右近衛大将就任!』

こんにちは。

今回ご紹介しますのは、「南北朝時代第3期⑪:1378年」です。

足利義満は20歳となっていました。

義満は最初から公家社会に入り込む姿勢を見せており、弱冠21歳にして「権大納言・右近衛大将」という源頼朝と同じ官職を得ました。

永和4年/天授4年(1378年)年表

2/足利義満、大名・家臣を従えて参内

★剣役・沓役・調度役の大名を従え、30騎ほどの近習と大名の家臣を大勢引き連れて周囲を驚かす。
★義満は天皇家や公家たちの中に堂々と入り込んでいく。
2/足利義満、前関白・近衛道嗣に庭の枝垂桜を依頼

★参内の翌日のこと。
★前年の火事で室町殿は焼失して新たな御所を建築していた。そこを花で満たしたいと考えた義満は近衛亭の桜に目をつけたのである。
3/10足利義満、邸宅を三条坊門から北小路室町に移し、幕府の政庁とした。

★現在の同志社大学今出川キャンパス付近にあたる。
★もともとは崇光上皇の御所であったが火災のあと再建されずに放置されていたので、義満が申請して自分のものとしていた。(※金閣寺のことではありません
★この隣に今出川公直の邸宅があったが、義満はどさくさに紛れてここも御所に取り込んでしまう。(今出川は泣く泣く引っ越す)
★移転後の幕府(室町第)はのちに「花の御所」と呼ばれ、今日ではその所在地にちなみ室町幕府と呼ばれている。
義満は、朝廷と幕府に二分化されていた京都市内の行政権や課税権なども幕府に一元化するとともに、守護大名の軍事力に対抗しうる将軍直属の常備軍である奉公衆を設け、さらに奉行衆と呼ばれる実務官僚の整備をはかった
3/24足利義満、権大納言に任命される

★今でいうところの国務大臣。
4/17関東管領上杉能憲死去

★46歳。2年前に病気になって仕事を辞めたときはストレスから解放されて健康体になったが、そのため復職したことで急な病で死去。(心筋梗塞?)

【上杉能憲】(1333-78)
★上杉憲顕の次男。一時期、叔父の上杉重能の養子になっていた。その主君である足利直義と高師直・師泰の政争の際に、叔父を高師直・師泰に殺害されたことから、その復讐をしたとされる。
★その後、観応の擾乱では足利直義につくも敗北したことで没落。しかし、足利義詮の代になり父が復職したことに伴い、能憲も鎌倉府に仕えることとなり、父の死後、関東管領を引き継ぐ。
★10年ほど関東管領の職責を担い、死去。能憲には子供がいなかったため弟たちに役職が引き継がれた。
★関東管領は上杉憲春に、山内上杉家の家督は上杉憲方に。
6/足利義満、藤若(世阿弥)とともに祇園祭を見物

★当時、世阿弥15歳。義満に気に入られ、3年ほど前からその庇護を受けていた。
★とはいえ、義満の桟敷にまで入れられたことで一部の公家からは批判も。
8/27足利義満、右近衛大将就任。権大納言と兼任することに

★右近衛大将は武官の最高職で貴族が就任することがならわしとなっていた。
★21歳という若さ(8/22が誕生日)で源頼朝と同じ官職を得た。
※ちなみに源頼朝がこの地位に就いたのは43歳時。

★足利家は摂関家と同じほどの地位を確保しはじめており、朝廷に仕える公家たちと主従関係を結ぶことができるようになった。
★近衛大将は尊氏も義詮も得ることができなかった。
9/29肥後詫間原の戦い

★現:熊本県熊本市東区。
★北朝の大軍に対して菊池武朝が一矢報いる。
★しかし、北朝優勢は変わらず、南朝再興を目指して徹底抗戦の構えを崩さない武朝と良成親王は次第に南朝内で孤立していく。
二条良基
義満さま、ご昇進おめでとうございます。
足利義満
ありがとう。

いろいろ考えた挙げ句、メリットの方が大きいと思って朝廷にも入り込むことにしたよ。

従兄弟で同級生なんだけど天皇が頼りないっていうのもあるんだけど、

南朝を統一して平和を実現するためにも、

明との貿易面において交渉をスムーズに進めるためにも、

足利家を権威づけして政治をスムーズに進めるという面においても

自分が朝廷に入って、主導する方が良いと思うんだ。

上杉能憲
せっかく病気が治ったというのに、また仕事したらストレスで死んじゃいましたよ。

私の死後に私の親族たちが喧嘩しなければいいんですが…

鎌倉府の平和を願っております。

足利氏満
うーん…
菊池武朝
こちら九州。まだ私は南朝再興を諦めていないぞ!
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本より面白いかもw。義満に関しては「簒奪」って言葉が語弊を招いているんだと思います。最終的に義満にとって天皇は簒奪するほどのものではなかったんじゃないかな。