~只今、全面改訂中~

こんにちは。

今回ご紹介しますのは、『南北朝第2期⑫:1351年3月』です。

戦が終わり、尊氏と直義による会談がもたれました。

ここで、以前の体制(三条殿体制)が復活することとなりましたが、義詮(三条殿)と直義(その補佐)の間では不協和音があり、

また恩賞充行権は尊氏のものとなったうえに、直義のもとで戦った武将たちは寺社本所安堵の政策のために期待するほどの恩賞は受けられない、といった事態となりました。

戦に勝ったにも関わらず、この会談で直義は窮地に陥ることとなります。

観応2年/正平6年(1351年)3月 年表

3/2尊氏・直義会談@京都

※会談前、尊氏はすこぶる不機嫌。そして、尊氏に従った42人の武将への恩賞と、高一族を殺害した上杉重季の処刑を強硬に主張した。(→恩賞は認めさせ、重季は流罪にとどまる。敗北したにも関わらず恩賞を主張するなど厚かましい。)
擾乱勃発前の三条殿体制に戻すことが決定。(それに基づくと政務は義詮が行い、直義がそれを補佐するものであるが、実際は直義が中心となった。当然、義詮は不満。)
※足利直冬が鎮西探題に任命されることが決定
引付頭人に石橋和義、畠山国清、桃井直常、石塔頼房、細川顕氏が就任。(石橋和義だけが中立派。しかし、その他の武闘派たちを引付頭人に選んだのは問題があったと思われる。直義の政策は寺社本所の権益を擁護することであるが、実効性が伴わないことが多かった。)
※将軍家政所執事が佐々木道誉から二階堂行通に交代。
※直義、伊勢国における北畠顕能(南朝:北畠親房3男)の軍事活動に対して、石塔頼房に鎮圧を命ず。
※直義のために戦った武将の多くが十分な恩賞を得ることができなかった。そのうえ、荘園侵略を禁止する政策をとっていたため、多くの武将が不満を抱いたであろう。
3/3細川顕氏、尊氏を訪問するも面会拒否

※この件のポイントは、細川顕氏が早くも尊氏に接触を求めているという点。尊氏が早くも求心力を回復させているのは、前日の会談で、尊氏が以前と同様に恩賞充行権を保有することが決定したためと考えられる。会談終了後に尊氏が上機嫌になったのは、そのため。
※ただし、初期の頃は直義の圧力によってか、自由に恩賞充行権を行使することはできていない。
※面会拒否により細川顕氏は恐怖した。
3/4足利直義、陸奥国の結城朝胤の戦功を賞すると同時に、師直・師泰残党の掃討を命じる

※奥州では以前として高一族与党が蠢動していたと考えられる。
3/6細川顕氏、義詮を迎えに丹波国へ

※直義の命を受け。これに対して義詮は難色を示す。
※尊氏からの説得もあり、ようやく帰京することに。
※義詮はそれなりの大軍をもっていた。
※世話になった高師直を殺害したことに憤っていたのであろう。
3/10義詮、帰京

※錦小路邸(細川顕氏邸宅)にいる直義を訪問。
3/11楠木正儀(南朝)、錦小路邸を訪問

※先月より下交渉をしていた。
※後村上天皇の勅書を直義に渡す。
3/12直義が後村上天皇に帰京を要請したとの風聞が流れる
3/18幕府が南朝に提示する講和条件がまとめられる
3/21西芳寺にて

※尊氏、直義、義詮が夢窓疎石の講話を聞き、その後、庭を愉しむなど。
※この時期はまだ融和に努めていたが、4月以降、義詮は直義への嫌悪を顕わに。
3/29斎藤利泰、深夜の帰宅途中で暗殺される

※この日、直義が光厳上皇訪問。その付添役をしていた。
3/30僧・房玄、幕府が作成した南朝宛の事書を携え賀名生へ到着
足利直義
えっと、、、

兄さん、これからの体制をどうするか、話を、、
足利尊氏
ああ、だりぃ!!

直義、上杉重季とやらを処刑しろ!

あと、俺に従った42人に恩賞よこせ!!
足利直義
えええ??

あ、あの、、

(勝ったのは僕じゃないのかな、、、)
細川顕氏
直義様、しっかりして下さい、、、
足利尊氏
顕氏、お前とはもう口聞かねぇー。
細川顕氏
えええ???
足利尊氏
ははは、冗談だよっ。

合わせる顔がねえ、ってやつさ。

それより丹波にいる義詮、早く連れてきなよ。

駄々こねてるんなら、俺の手紙もっていけって。
足利義詮
へ!

誰が直義おじさんと一緒に仕事するかってんだい!

師直さんを殺したこと、俺は許さん!
夢窓疎石
坊っちゃん、まあまあ、そう言わず。
楠木正儀
南朝から参りました。

直義どの、講話の件を進めましょう。
畠山国清
なあなあ、直義さまのために命を投げうって戦ったわりには、思ったより恩賞少なくねぇか??
桃井直常
う・・・
畠山国清
そのうえ、引付頭人に選ばれちまったけどよー、俺たち、どっちかっていうと、引付頭人にヤリ過ぎを咎められる方じゃねぇ?
桃井直常
む・・・。
畠山国清
なんかよう、泥棒が警察官やってるみたいで、笑っちまうわ。
寺社
えっと、、寺社の立場から申し上げましても、あまり納得しておりません。。。

直義様が寺社を保護してくれる心意気があるのは伝わるんですが、実行性に乏しいんです。。。
ぶっちゃけ、失敗しとらんか??

直義さん。

戦いに勝ったはずなのに。
光厳上皇
そして、南朝との講和も全く進んでいないんだよな…
暗殺者
直義直属の部下、斎藤利泰、暗殺!
足利直義
仏道にもとづく理想の政治を掲げたものの、、

鬱になりそう。。。
足利尊氏
だから直義は甘ちゃんなんだな…。

そもそも俺に遠慮なんて要らんのに。