こんにちは。
今回ご紹介しますのは、「村山談話」について。
ちょっと、これには「がーん」と来ましたね。
以下、【戦後史の解放Ⅰ】『歴史認識とは何か~日露戦争からアジア太平洋戦争まで~』(細谷雄一、2015年、新潮選書)を参考にしております。
「村山談話」が招いた悲劇
まず、1995年の「村山談話」についてご存じない方もいらっしゃると思いますので、簡単にご紹介します。
この「談話」を表明した村山富市首相は、当時、社会党の党首でした。
え?社会党の党首で総理大臣になった人なんていたの?と思うかも知れませんが、社会党から総理大臣になった人は、
戦後、1947年5月24日から1948年3月10日まで連立内閣(民主党、国民協同党)の首班を務めた片山哲、
そして、ときは平成、1994年6月30日から1996年1月11日まで、やはり連立内閣の首班を務めた村山富市、と2人おります。
もっとも、村山首相時代の連立内閣の相棒は「自民党」と「新党さきがけ」でした。
え?なんで自民党と社会党が一緒にやってんの?と思った方は是非こちらも。【戦後史をわかりやすく】
それはそうと、その村山首相が1995年8月15日、「戦後50周年」ということで、
「並々ならぬ決意」のもと、諸外国にも向けて発表したものが「村山談話」です。
談話に先立って、谷野作太郎外政審議室長、細谷千博一橋大学名誉教授らをブレーンとするチームは、閣僚、官僚らと議論に議論を重ねて慎重に言葉を選びました。
そうしてできた「村山談話」は、アジア諸国に対して「痛切な反省」と「心からのお詫び」という言葉を使ったことが大きな特徴です。
しかし、この談話作成までの一連の過程において、どういう反応が生じたのかと言いますと、
まず連立政権内の自民党保守派から反発。
それによって曖昧な玉虫色の決議文(「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」:6月)が作成されたことで中国・韓国から反発。
結果的に、国内では歴史認識をめぐる断絶が起こり、
国外では深刻な外交問題を生じる、
という「最悪な事態」を引き起こしてしまったのです。
どうすれば良かったのか?
その点、村山首相より少し前の細川首相は、上手にやっていました。
歴史認識について散発的に発言はするものの、「談話」のようなまとまった形で示すことは意図的に避けたからです。
それにより歴史認識が外交問題に発展することはありませんでした。
村山首相は「善意」から歴史認識を表明したのに、皮肉な結果ですね。
ただ、村山政権は、「歴史認識の共有がいかに難しいのか」という意識が欠けていたのではないでしょうか。(誠意を示せば決着がつくと感じていたのかも知れません。)
この件を通じて私自身も、「歴史」というものは、「共通の歴史認識を持とうとしない」というのが正解かも知れない、と思うようになりました。
「さらば、歴史」?
私自身、今まで、「しっかりと本を読みこめば歴史がわかってくる」などと思っておりました。
しかし、本書の著者に言わせれば、「豊富な史料を読み込めば歴史の事実がわかるわけではない」のです。
歴史の多様性については認識してはいたものの、今以上に強く意識しなければいけない、と思いました。
しかし、著者も
「本来、歴史を学ぶことは狭窄した視野から解放し、固定観念を打ち壊すことだ。そうした束縛から解放し、歴史を主体的に学ぶ意義を感じてもらいたい。」
と指摘しているように、それでも、歴史を学ぶ意義はあると思います。
ただ、政治を職業としない一般人にとっては、「さらば、政治」が正解かも知れないように、
歴史を職業としない一般人にとっては、「さらば、(共通の)歴史」とするのが正解かもしれない、なんて思いました。
今後は「歴史を学ぶ」と構えるのではなく、あくまでも現実社会の自分において必要なエッセンスをちょいちょいつまみ食いしたり、ちょっとすごいと思えるような人を「発見」したりするような、気楽な付き合い方をできればな、と思うようにもなりました。
もっとも、だからこそ、歴史検定(日本史、世界史)2級、3級くらいはクリアして、「そこそこの歴史常識は身につける」ことは改めてオススメしたいと思いますが。
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