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☞【日台友好!】『台湾はなぜ親日なのか』(田代正廣、2015年、彩図社)

こんにちは。

今回ご紹介しますのは「台湾はなぜ親日なのか」(2015年)。

旅行に行く前に現地の歴史をちょっとでも頭に入れておくのも悪くないと思って購入しました。

東日本大震災の時、台灣からの義援金が253億円で、その半分以上が個人資産。

(ただし、当時の日本は民進党で扱いが悪かったとのこと…)。

児玉源太郎後藤新平の功績、八田ダムの八田興一など、日本統治時代に良いことがもたらされた事実はあるけど、のちに憲兵に苦い思いをさせられた人ももちろんいるので、そのあたりは慎重に、とも。

(全員が親日とは言い切れない。)

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以下、読書メモです。

「犬(日本人)が去って豚(外省人:中国)が来た。」

犬は番犬にはなるが、豚は食い散らかすだけ。

日本人の作ったインフラには感謝している。

しかし、憲兵には困らされた人々もいる。

鄭成功の母親、田川マツは日本人。

1631年に一家で中国に渡るも清に押され、父は捕らえられ母は自殺。

鄭成功は立て直しを図るべく台湾へ行き、清への復讐に燃える。

当時、台湾はオランダの支配下であったが、1662年にオランダを駆逐。

しかし、鄭成功は同年、37歳で急死。

1683年、清に征服される。

近松門左衛門の「国姓爺合戦」はこれをモチーフにして作られた人形浄瑠璃。1715年初演。

1871年、牡丹社事件(宮古島島民殺害事件)。

宮古島民54人が台湾で斬殺されるという事件があった。

清朝に抗議する過程で「台湾人は化外の民」という言葉を引き出した。

そのため、1874年、台湾出兵となる。

もっとも、これで台湾が日本の領土になったわけではない

台湾が日本の領土になったのは日清戦争であり、この台湾出兵で沖縄が日本の領土と認められた。

日清戦争後、台湾は日本の統治下に。

李鴻章は「台湾には4つの禍がある。阿片、土匪、首狩り族、風土病。統治は不可能でしょう」という。

4代総統児玉源太郎になって風向きが変わる。

樺山資紀、桂太郎、乃木希典を経て。

児玉源太郎は後藤新平と共にあらゆる改善に着手。

「征討するのではなく、島民の幸せを考える」

新渡戸稲造はサトウキビの品種改良と大量栽培に成功。

八田興一(金沢出身)は烏山頭ダム(ウーシャントウダム=八田ダム)を建造。

100万人の農家を救う。

1930年、東洋一のダムが完成。

日露戦争直前に参謀次長が急死したことを受けて、内務大臣・台湾総督から参謀次長に自ら申し出たんじゃ。

これは降格にあたるが国家の危機に際して、それを実現できる政治家・軍人はどれくらいいるかな。

1906年、55歳の若さで死んでしまったのが惜しいじゃろ。

第17代総督小林海軍大将時代ともなると、児玉の時代の統治と大きく異なる。

「皇民家運動」は決して快いものではない。

しかし日本統治時代に「台湾人」というアイデンティティーが生じたのも事実である。

差別もなかったとはいえない。

1945年からの国民党政権はとんでもなかった。

1947年に起きた「228事件」がそれを物語る。

この事件は中国人が台湾人3万人を虐殺した事件である。

戒厳令下において長く語られることはなかったが、1988年李登輝就任、1992年法改正でようやく語られることができるようになった。

コチラの方も

1972年の日中共同声明により日台の公的な関係は途絶えた。

台湾にとっては「日本はなぜ中国のことばかり考えている?」というのが本音であろう。

民間の活動は続く。

228事件以降、高度成長期に。

李登輝就任も含め、日本とは良きパートナーに。

陳水扁も基本的には親日路線。

そして「中華民国という国はない」と正名運動へ。

東日本大震災で台湾からの義援金は253億円。

驚くのは半分以上が個人。

ただ当時、民進党であったため冷遇。

現在の祭英文総統は相当優秀で、きっと国家を正しい方向に導いてくれると期待されている。

中国との関係も、アメリカとの関係も荒立てない。

日本が主権を放棄してからの台湾は一体、どこの国なんだろうか?

台湾はすでに独立している」というのが正しいのだと思う。

江戸時代に台湾出兵の可能性もあった?コチラも

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