- 2019/10/18
- 2021/10/17
☞【平安時代③】「仁明天皇時代。藤原良房の台頭と群盗問題。」
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「仁明天皇」時代(833-850年)です。 この時代には「承和の変」が起きたり、「最後の遣唐使」が派遣されたりしました。 また、「群盗問題」が表面化し、「自力救済」が到来した時代とも評されます。 ちなみに、六国史4つ目の『続 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「仁明天皇」時代(833-850年)です。 この時代には「承和の変」が起きたり、「最後の遣唐使」が派遣されたりしました。 また、「群盗問題」が表面化し、「自力救済」が到来した時代とも評されます。 ちなみに、六国史4つ目の『続 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、平安時代②「平城天皇、嵯峨天皇、淳和天皇時代」です。 この3人、実は3人とも桓武天皇の息子で兄弟なんですね。 キーパーソンは、嵯峨天皇です。 第51代:平城天皇期(806年~809年) 【平城天皇】・・・774-824。桓武 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「桓武天皇」の時代です。 「平安」時代に「雅」なイメージを持たれる人もいると思いますが、 それはあくまでも一部であって、 全体としては「あまりにひどい」時代だったので、願いをこめて「平安時代」と名づけられました。 わかりやす […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「欽明天皇」時代です。 第26代・継体天皇には後に天皇となる3人の皇子がいました。 1人は第27代・安閑天皇(ただし即位時66歳で、その4年後死亡) もう1人が第28代・宣化天皇(ただし即位時69歳で、その3年後死亡) そし […]
★6月8日の御前会議の決定どおり、本土決戦となって東京が危ういとなったら天皇は長野県松代に移動する計画がなされていた。★2つの原爆とソ連参戦、どちらがポツダム宣言受諾に影響を与えたのかという議論がなされるが、松代遷都案が間に合わない可能性や石油が切れたことも一因とされる。★ソ連参戦からポツダム宣言受諾までは連合国が予想していたよりも早かった。★天皇は国内クーデターも起こらないように配慮しなければならなかった。★8月14日、ポツダム宣言受諾、8月15日、玉音放送、降伏文書調印は9月2日。
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、昭和史講義『§13.日米交渉から開戦へ』(森山優先生)です。 ものすごく勉強になりました。 もし公開講座をやっているとすれば、森山教授がいらっしゃる静岡県立大学まで聞きにいきたいとすら思いました。 【これまでの理解】 ★米国 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、昭和史講義『§12.近衛新体制と革新官僚』、牧野邦明先生です。 今まで、近衛新体制というと、「あー、コミンテルンのスパイがいっぱい紛れていた組織ねー」というイメージしかなかったのですが、浅はかでした。 【まとめ】 ★当初はナ […]