~只今、全面改訂中~

日米開戦およびその後の日本統治にはコミンテルン工作員の影響が大きかった。

彼らの果たした役割を過小評価しては近代史を語れない。

以下、「コミンテルン工作員」(およびその協力者)で打線を組んだ。

写真はwikipediaより

オーダー

1左ハロルド・ウェア「ウェア・グループ」を形成
2中エドワード・カーター2代目IPR(太平洋問題調査会)事務総長
3捕ハリー・ホプキンスルーズベルト最側近
4三ハリー・デクスター・ホワイト対米工作担当、ハル・ノート原案作成
5一リヒャルト・ゾルゲ対日政策担当
6右尾崎秀実近衛内閣ブレーン
7遊オーウェン・ラティモア国民政府顧問
8投アルジャー・ヒスヤルタ会談を仕切る
9二ダンカン・リー対日占領政策責任者
番外ウィテカー・チェンバース共産党を抜け出し告発

1左 ハロルド・ウェア 290. 11HR

1889-1935。元々は農業専門家、共産党員。

ルーズベルト政権に加わると連邦政府内で「ウェア・グループ」という「ソ連情報部につながる地下組織」を形成した。

この組織はホワイトハウス、国務省、法務省、財務省、労働省、農業調整庁、社会保険庁、全米労働関係委員会、連邦公務員組合、上院など幅広く浸透しており、政治工作を目的とした。

ハリー・デクスター・ホワイト、アルジャー・ヒスもそのメンバー。

2中 エドワード・カーター 285.10HR

?-?。1933年、IPR(太平洋問題調査会)の2代目事務総長に就任。

IPRとは、当時のアメリカにおけるアジア問題最大のシンクタンク。当時、中央組織は未発達であり、IPRに頼らざるを得なかった。

彼の就任後、IPRは左傾化。日本は非難され、中国では共産党を支持されるようになり、アメリカの支持を国民党から共産党へ誘導した。

IPRとソ連・コミンテルン、中国共産党はつながっていたと考えられている。

3捕 ハリー・ホプキンス 378. 36HR

1890-1946。ルーズベルトの最側近。商務長官も務めた。

スターリンを「善人」だと思い込ませたほか、ソ連こそ大戦の「決定的ファクター」であり、ソ連の友情を得るために「あらゆる支援を与え、あらゆる努力を行うべきだ」と助言。

結果、ルーズベルトは最初からロシアに大盤振る舞いするつもりでヤルタに乗り込んだ。

ホプキンスも同行。

4三 ハリー・デクスター・ホワイト 385. 47HR

1892-1948。財務次官補を務め、モーゲンソー財務長官の懐刀と呼ばれた。

工作員としては「対米工作」を担当し、ホワイトの名前から「雪」作戦と名付けられた。

彼の仕事は対日強硬論を煽ること。

結果、野村・来栖とハル会談を「極東のミュンヘン会談」とレッテルを貼って潰したのも彼であるし、ハル・ノートの原案を作ったのも彼。

そして、日米開戦を引き起こした。

IMF(国際通貨基金)設立を提案したのも彼。

5一 リヒャルト・ゾルゲ 300. 50HR

1895-1944。「対日工作」を担当。

当時、ソ連にとって最大の関心は中国との戦いの後に日本軍が北へ向かうのか、南へ向かうのかという点。

ゾルゲの任務は、日本軍を南へ向かわせることだった。

尾崎ら諜報団をまとめあげ、任務を達成。

これによりソ連は極東軍25万をモスクワ攻防戦に投入することができて独ソ戦を勝利することができた。

6右 尾崎秀実 387. 42HR

1901-1944。朝日新聞記者、近衛内閣政治顧問。

尾崎の果たした役割を過小評価してはいけない。

近衛文麿の勉強会に中国問題の権威として参加していた尾崎は、「シベリアの資源などわずか、それより南に進むべきだ」と日本の南進を誘導。

日本の南進が決定したことをゾルゲに伝えた。

7遊 オーウェン・ラティモア 333. 31HR 

1900-1989。中国工作担当、国民党顧問。

12歳まで中国で過ごす。

IPR(太平洋問題調査会)の中心メンバー、中国問題の権威として、ルーズベルト政権における尾崎秀実的ポジションとなる。

その後、国民党政治顧問へ。

日米暫定協定案が成立しないよう「蒋介石メッセージ」を仕組み、ルーズベルト、ハルを戦争に向けさせた。

8投 アルジャー・ヒス 333.20HR/10勝0敗0.50

1904-1996。元弁護士。

無名の一官僚に過ぎなかったが、ルーズベルトに直接指名されてヤルタ会談に同行。

ヤルタではステティニアス国務長官に随行し、事実上、ヤルタ会談を取り仕切る。

その仕事ぶりはソ連にとって完璧であり、東アジアに共産党勢力を増大させる礎を築いた。

また、「南樺太、千島列島などをソ連に引き渡すべきではない」としたアメリカ国務省のレポートも彼がルーズベルトに見せずに握りつぶしていた可能性がある。

9二 ダンカン・リー 300. 30HR

1913-1988。戦略諜報局(OSS)副官。

OSSはのちにCISとなるが、元々は工作員の巣窟であった。

ダンカン・リーもその1人で、対日占領政策の責任者となったが、東京裁判、神道弾圧、憲法改正、教育制度改悪、在日朝鮮人・部落解放同盟による国内対立の先導に関わり、日本弱体化を目指した。

番外 ウィテカー・チェンバース 400. 40HR

1901-1961。

1938年までスパイとして活動するも、スターリンの大粛清に幻滅してスパイを抜ける。

現在ではその告発により多くのスパイがいたことが判明した。

(しかし、日米開戦とその後のソ連の増長は防ぐことができず)

その他

乙案を握りつぶしたというロークリン(ラフリン)・カーリー大統領特別補佐官(1902-1993)、戦後の「マーシャル・プラン」より反共のイメージが強いが実はある時期までソ連シンパだったジョージ・マーシャル陸軍参謀総長(1880-1959)、日本国憲法を共産党員に作らせようとしたハーバート・ノーマンGHQ調査課長(1909-1957)、大戦期のアメリカ経済をコントロールしたと言われるネイサン・グレゴリー・シルバーマスター(1898-1964)、原爆スパイのローゼンバーグ夫妻ら、実に多くのスパイおよび協力者がいました…

https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%8A_%E3%82%BD%E9%80%A3%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%A4%E5%8F%8A%E3%81%B3%E5%8D%94%E5%8A%9B%E8%80%85%E4%B8%80%E8%A6%A7

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