~只今、全面改訂中~

☞【20世紀初頭、日米もし戦わば】「オレンジ計画」(『満州建国の真実』§5)

こんにちは。

今回ご紹介しますのは、20世紀初頭アメリカの対日戦略シュミレーション、通称:「オレンジ計画」についてです。

「日米もし戦わば」とありますが、アメリカはイギリスやドイツなども仮想敵国としてシュミレーションしており、日本だけが特別に敵視されていたわけではないことは強調したいと思います。(【コチラも:1920年代の日米関係は良好】)

鈴木荘一先生は「オレンジ計画」だけで書籍を刊行しておりますが(↓)、「満州建国の真実」第5章「日米もし戦わば」がそのダイジェスト的なものになっているとの考えから、こちらを参考にさせて頂きました。

日本征服を狙ったアメリカの「オレンジ計画」と大正天皇?東京裁判史観からの脱却を、今こそ!新品価格
¥1,980から
(2021/2/27 11:40時点)

【年表】1897年~1928年

アメリカ日本大統領
1897セオドア・ルーズベルト、「オレンジ計画」策定【コチラも
(当時、アメリカ海軍次官)
マッキンリー
(共和党)
1898ハワイ併合マッキンリー
(共和党)
1901セオドア・ルーズベルト、大統領就任
海軍力up計画
T・ルーズベルト
(共和党)
1906オレンジ計画改訂(※1)T・ルーズベルト
(共和党)
1907オレンジ計画改訂(※2)帝国国防方針
→アメリカを仮想敵国に
T・ルーズベルト
(共和党)
1908グレート・ホワイト・フリート横浜港入港(※3)T・ルーズベルト
(共和党)
1911オレンジ計画改訂(※4)水野広徳「此一戦」タフト
(共和党)
1914オレンジ計画改訂(※6)水野広徳「次の一戦」(※5)ウィルソン
(民主党)
1921ワシントン海軍軍縮会議ハーディング
(共和党)
1923オレンジ計画改訂(※8)「新国防方針」(※7)クーリッジ
(共和党)
1928オレンジ計画修正(※9)石原莞爾
「わが国防方針」(※10)

(※1)1906年版オレンジ計画

「海戦により制海権を奪い、通商上の厳しい封鎖により日本を窮乏と疲弊に追い込む」

(※2)1907年版オレンジ計画

「太平洋を一歩一歩前進する『飛び石作戦』を採用する」

(※3)グレート・ホワイト・フリート

新鋭戦艦16隻、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻からなるグレート・ホワイト・フリートが横浜港入港。

表向きは日本も歓待しましたが、太平洋で突出した海軍力を持った日本に対しての示威行動でもあり、日本海軍は緊張感に包まれました。

「黒船」に対して「白船」と呼ばれました。
フランスの新聞は日米開戦間近と伝えました。

(※4)1911年版オレンジ計画

「基本戦略として最初にアメリカが日本を経済的に封じ込め、経済封鎖に苦しみ抜いた日本が苦し紛れに暴れ出すのを待つ。最も可能性が高い攻撃対象はフィリピン、グアム、ハワイ。」

①開戦当初、地理的に有利な日本海軍が太平洋のアメリカ領諸島を占領する。

②アメリカ艦隊は日本の通商線を破断し、海戦により日本艦隊を圧倒する。

③アメリカ艦隊は島々を伝って日本へ接近し、海上封鎖によって日本の食糧・燃料・原材料を枯渇させ、日本本土に戦略爆撃を加える。

(※5)水野広徳

水野広徳・・・海軍大佐。日露戦争に従軍。文才があり、日露戦争を描いた「此一戦」、日米戦争の未来戦記である「次の一戦」を執筆。日本が敗戦する結末を描いて海軍拡張を訴える。

その後、私費で第一次世界大戦を視察。

今後は、「いかにして戦争に勝つかより、いかにして戦争を避くべきかを考えることが重要」と加藤友三郎海相に説く。加藤友三郎も同様の意見でワシントン海軍軍縮条約締結へ。

(※6)1914年版オレンジ計画

「日本は資源開発のためにアジア大陸の過疎地へ開拓する。そうなると日本陸軍が大陸に必要になる。日本陸軍を大陸内部に固着させ、アメリカは日本海軍とだけ戦う。」(フランクリン・ルーズベルト:当時海軍次官)

(※7)新国防方針

英米両国を仮想敵国とする。

水野広徳は「日米戦争は空軍主体となり日本は空襲で焼かれ、さらに総力戦で財政破綻するのでアメリカと戦うべからず」と警告。

(※8)1923年版オレンジ計画

「日本を海上封鎖し、日本と台湾を結ぶ通商路、日本とインド洋、マレーシアなどの資源地帯を結ぶシーレーンを破断。」

(※9)1928年版オレンジ計画

空爆計画を練りこむ。

この時期には水野広徳は戦局を決定するのは空戦力であると喝破。

(※10)石原莞爾「わが国防方針」

木曜会の会合で、「日米が航空機で勝敗を決する世界最終戦争が起きる」と「世界最終戦争論」を講話。(刊行は1940年。)