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1867年 日本

  • 2022/03/12
  • 2022/03/21

☞【幕末年表㉓:1867年12月】『短刀一本あれば…?』

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表㉓:1867年12月」です。 前月に3000の薩摩藩兵が上京。 8日から行われた朝議では「長州藩兵の入京」、「長州藩主毛利家の赦免」、「岩倉具視(蟄居中)、三条実美(政変で追い出された)らの赦免」が決定しました。 […]

  • 2022/03/08
  • 2022/03/09

☞【幕末年表㉑:1867年10月】『後藤の流汗は甚だしかりき』

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表㉑:1867年10月」です。 武力倒幕派の機先を制して後藤象二郎が「大政奉還建白書」を提出。 これに対しての慶喜の動きは迅速でした。 「討幕の密勅」を作り上げて、武力倒幕を画策していた、西郷、大久保、岩倉らは、まさ […]

  • 2022/03/07
  • 2022/04/02

☞【幕末年表⑳:1867年・第3四半期】『日本国の世直りは、ええじゃないか…?』

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑳:1867年第3四半期」です。 結局、薩摩藩は武力倒幕に舵を切りました。 議会設立を提唱していた薩摩藩兵学教授の赤松小三郎は暗殺されます。 一方、世間では「ええじゃないか」騒動が沸き起こります。 1867年(慶応 […]

  • 2022/03/06
  • 2022/03/26

☞【幕末年表⑲:1867年・第2四半期】『薩摩藩が幕府と決戦となれば30日以内に必ず土佐藩兵を率いて合流す』

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑲:1867年第2四半期」です。 5月に始まった「四侯会議」は、慶喜がリード。 最終的に勅許を得ての「兵庫開港」が決定しました。 一方、会議をリードできなかった薩摩藩は、「武力倒幕」に舵を切ります。 しかし、ここで […]

  • 2022/03/03
  • 2022/03/07

☞【幕末年表⑱:1867年・第1四半期】『再び国政に参画する時宜を失う訳にはいきもはん…』

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑱:1867年第1四半期」です。 幕末の後半は特に複雑です。 1867年はさらに細かく分けることにしました。 「第2次長州征討」で敗れた慶喜は、雄藩連合による天下公論を目指し、 島津久光らは再び上京します。 慶喜は […]