~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

☞【戦艦大和は時代遅れではない!】『太平洋戦争の新常識』(歴史街道編集部、2019年、PHP新書)

歴史検定試験前は年表くらいしか頭に入れていなかったが、川田先生の「昭和陸軍の軌跡」を読んで以来、太平洋戦争に興味を持つようになった。そんな折、7月に出た新刊。

一言で言うと、「面白い!」。しかし、この本だけでは太平洋戦争を理解することはできない。

よって、メイン本として、もうちょっと分厚い本を読まないといけないな、と思う次第。

結論として、「太平洋戦争を愚策と斬り捨てるのは日本人にとって不幸」と言うことであるが、それについてはやはり30冊くらいは読まないと答えを出せない。

以下、一部読書メモ。

§5:<戦艦大和は「時代遅れ」でも「無用の長物」でもない>(戸高一成先生)

★日本海軍を時代遅れとするのであれば、他の列強諸国は輪をかけて時代遅れであった。見落とされがちであるが、大鑑巨砲を求めたのは日本だけではなく、米英仏独も海軍軍縮条約の失行をにらんで同時期に新鋭戦艦の建造に着手していた。当時の他国の戦艦に比べて、大和は最強である。

★また、航空戦を見抜けなかったというのは、当時、どの国である。(艦隊と航空と、どっちが強いか?というのは奇しくも日本軍が太平洋戦争開戦時に実証してしまった。)

★開戦時、日本海軍は最も先進的な海軍であったが、問題は戦艦の「使い道」を見失った点にあるのだ。航空部隊、機動部隊が大戦果をあげたことで、戦艦部隊が発言力を失ったこともある。0か100かに走るのは日本人の悪い面である。

アメリカは航空戦時代の到来を見て、戦艦を上陸前支援砲撃など対地上砲撃に活用。日本も実現こそしなかったが、「山本五十六が大和でガダルカナルに向かう」計画が実現していれば、戦局に大きな影響を及ぼした可能性が高い。

★大和問題は様々な示唆を与えてくれる。無用の長物だったのではなく、「せっかくの名刀を使いこなす腕がなかった」ことこそ反省すべきであろう。昨今の日本企業の苦戦、原発事故対応などを見て、今こそ運用の問題こそが日本人の弱点だと思えてならない。

§6:<ここで戦艦大和を投入すれば戦局は違った>(平間洋一先生)

★日本が愚かな戦をした、という認識しか残らないとすれば日本人にとって不幸。

【こうすればよかった:戦術的活用編】

★どこで運用すべきであったかは、3つの場面が考え得る。

①ミッドウェー海戦

日本は機動部隊が一撃を加えてから戦艦部隊でとどめを刺すという、旧来の艦隊決戦思想に則って配置をしていたため、ミッドウェー海戦時、大和は空母機動部隊のはるか後方にいた。

しかし、やはり機動部隊とともに行動させるべきだった

大和の通信設備は充実しており、ミッドウェーでの米軍の待ち伏せも傍受していたにも関わらず、肝心の機動部隊にそれを伝えることができなかったのだ。おかげで日本は虎の子の空母4隻を失う。

また、同行することによって、その防御力の高さから「機動部隊の盾」となっていたであろう。

②ガダルカナル島の戦

半年に及ぶこの消耗戦において、大和はトラック島に待機。

1942年10月、陸軍は高速補給船派遣を決定。海軍は戦艦金剛と榛名で米航空隊拠点のヘンダーソン基地を砲撃。この砲撃はかなりの成果をあげたが、航空隊は一部残存していたため、金剛と榛名が引き揚げた後に補給船団を襲い、壊滅させた。

もし、この初期の砲撃に大和も参加していれば(♨それを言い出すとキリがないが)大打撃を与え、ラバウルからガダルカナルへの長距離飛行を続けていた航空隊の負担も軽減できたのではないか。

ガダルカナルにおける日本の熟練搭乗員の損失はあまりに痛い。

③第3次ソロモン海戦(1942年11月)

実際の海戦でアメリカは最新鋭戦艦サウスダコタとワシントンを惜しげもなく投入。

比叡、霧島といった旧式戦艦を壊滅させたが、大和を投入していればもっと戦えたであろう。

【こうすればよかった:戦略的活用】

★また、戦略的な活用法として、以下の3つを挙げる。

①「抑止力」

その存在を明らかにして日米交渉に活用すべきという主張は開戦前からあった。そもそも米海軍はハル国務長官ら対日強硬派、あるいはルーズベルト大統領に対して、可能な限り「日本とは戦わせないでくれ」と言っていた。当時、米海軍はイギリスの支援に手一杯であったのと、熟練乗組員は太平洋に少なかったのもあり、これでは勝てないと考えていたのである。

もし真珠湾攻撃が遅れることになれば、ドイツの戦況を見て、同盟破棄などさまざまな手立てを考えることができた。

②「艦隊決戦」

やはり当初の戦略通り、真珠湾奇襲などせず、艦隊決戦に持ち込むべきだった。

もし、真珠湾を攻撃していなければアメリカも当初の戦略通り、マーシャル諸島を襲撃し、艦隊決戦となったであろう。

そもそも、大和の竣工を待ってからの開戦でも良かったではないか。

当時のアメリカ太平洋艦隊のキンメル長官は戦艦第一主義であり、航空部隊を甘く見ていた。

航空戦力比は日本が優勢であったため、航空部隊に対する備えは甘かったであろう。また、艦隊の命中率も日本海軍は米海軍をはるかに上回る。(※これについては日本の命中率の査定が甘かったという説もある。)

③「インド洋投入」

インド洋はイギリスにとって重要な補給路。ここを断ち切れば、イギリスは窮地に陥ったであろう。実際、英軍はインド洋に艦艇を派遣する余裕などなく、この作戦は成功確率が高かった。

これにより、北アフリカで快進撃をしていたドイツのロンメル将軍と、日本がスエズ運河を通じて中東でつながり、日本にも中東の石油が送られることとなったのではないだろうか。そして、中東、インドで独立運動も起きたてイギリスが壊滅的な打撃を受けていたであろう。

★他にもラバウル航空戦で投入していれば、など枚挙に暇がない。

♨阪神タイガースが、全盛期であった藤川球児の出番がほとんどないまま、日本シリーズで負けた時のことをふと思い出した…。

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