~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

【試験に役立ちそうなポイント】

★安土城のある場所は今でこそ田舎だが、当時は琵琶湖に面していたため、湖上交通の中核をなしていた。

★本能寺の変(1582)で明智光秀に燃やされてしまったのは残念。

★中には神学校も建てられた。

安土城を訪れたら、

なぜ、安土城があんな田舎に造られたのか?

という理由がわかりました。

↑【明治26年の古地図】↑

織田信長が安土城を建てた時、琵琶湖は今よりも大きく、

安土城は琵琶湖に三方囲まれて張り出す形でそびえたっていました

ところが明治26年、政府の方針で、干拓されて琵琶湖に面している部分が埋め立てられてしまったのです!!

古来より琵琶湖は交通の要。

信長は琵琶湖を通じて坂本城(明智光秀)、長浜城(羽柴秀吉)などの湖岸都市、および京都と結びついていたのですね。

今でこそ田舎ですが、当時の安土城周辺は田舎どころではなかったのでしょう。

ちなみに、私が訪れている間、安土城に観光に来たお客さんは平日ということもあってか私を含めて「2人」。

穴場中の穴場だと思います。

安土城が近づくと非常に厳粛な雰囲気が感じられ、パワースポット的な要素も兼ねているとも思いますよ。(コレマジ。)

秀吉の住んでいたという跡なども観られ、大満足。

↑近くのお寺にて。

コチラも【安土城内に神学校。オルガンティーノが上長を務める。

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