~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

第1章「ポルトガル、アフリカへ」および、第2章「インド洋の制覇」より。

なぜ、ポルトガルが海上帝国を実現できて、それがあっけなく潰えたのか。

「あっけなく」潰えた理由としては、

オランダの台頭」の他、

人口が百数十万人くらいしかおらず、いくつもの拠点を維持しようとする発想自体が間違いだった(そもそも基盤が脆弱だった)

ことが挙げられると思います。

では、なぜそれしか人口がいなかったにも関わらず海上帝国を実現できたのかと言うと、

中国、インドといった帝国が海へ無関心だったこと

東南アジアでは戦争の目的は人間の掠奪であったのに対して、欧州では敵の殲滅が目的だったため、ならびに物欲が高かったため東南アジア諸国を凌駕した

ことが挙げられます。(+人数の不利は黒人、アジア人で補う)。

そして、そもそもなぜ大航海時代を始めたかについては、

よくわかっていない

というのが正解でしょうか。

「オスマントルコによって香辛料貿易を独占されていたから」と誤解されがちですが、オスマントルコがカイロを陥落したのが1516年で、ガマの航海の20年後ですので誤りです。(むしろ欧州人に立ち塞がったのはマムルーク朝エジプト。)

プレスター=ジョンの国を探しているうちに偶然」というのが今のところの有力な答えのようです。

「エンリケ航海王子」にしても従来言われているように「開明的」な人物などではなく、むしろ中世の騎士的な人物。

「プレスター・ジョン」の国を見つけてイスラムを挟み撃ちにすることを目指していました。

彼の配下のものたちが奴隷獲得に熱心になっていたことも見逃せないですね。

「鉄砲伝来」、「キリスト教伝来」とはるか遠くにありながら我が国と関係の深い「ポルトガルの歴史」は結構面白い。

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「大航海時代」というのは欧州側からの見ての考えですね。この時代の世界の中心は間違いなくアジア。

喜望峰をまわれば大西洋に到達することなどイスラム商人は既に知っていました。

ポルトガルのアジア進出は彼らから見れば「既に600年以上続いている貿易圏」にひょっこり欧州人が加わったに過ぎない、との見方でした。

しかし、その相手は、婦人の銀輪をとるために腕を切ってしまうような、あまりにも危険な相手でした。

第3章でようやく「日本発見」となり、日本とキリシタンの関わりが書かれます。

この作者の著作は世界史、日本史両方の接点が書かれた著作が多く、僕の興味とも一致します。本書も長編で非常に読み応えのある本です。

大航海時代からのポルトガル簡略史

1249ポルトガルがレコンキスタ完成
1324マリ王国、ムーサ王の巡礼(アフリカへの興味up?)
1350倭寇が国際問題化
※元寇の仕返しとも考えられる。
1385ポルトガルにアヴィス朝成立。
1415ジョアン1世、セウタ攻略
1419前期倭寇鎮静化
1437エンリケ航海王子、タンジールで大敗北
1460エンリケ航海王子死去
1488バルトロメウ・ディアス、喜望峰到達
1494トルデシ-リャス条約締結
1498ヴァスコ・ダ・ガマ、カリカット到達
1506ポルトガル、アフリカ西岸のブラヴァを襲撃し、銀輪獲得のために現地人女性800人の腕を切り落とす。
1509アルメイダ、ディウ(インド西北)海戦に勝利
※前年に息子が戦死
1510アルブケルケ、ゴア攻略。翌年、マラッカ攻略。
1513アルブケルケ死亡
1517オスマントルコ、エジプト攻略
1520ピレスらが明皇帝に謁見して交易を申し込むも門前払い。
悪行と重ねて投獄される。
1522ポルトガル、モルッカに要塞を築く
※海上封鎖を狙うがこれが有効に機能するのは1530年代まで。インド洋にはいくらでも抜け道があった。
※コウティニョらの船が明との関係修復のために広州を訪れるが明艦隊の攻撃を受け、マラッカに逃げ帰る。(明水軍の前になすすべなし)
1526ムガル帝国、インドに覇を唱える
※しかし海には無関心。これがポルトガルが海上帝国を実現できた理由の1つ。
1534ロヨラ、ザビエルらイエズス会結成                
1537ディウがポルトガル領に
1538オスマントルコ、アデン(イエメンの港市)を攻略。
※アルブケルケは攻略できなかった
オスマントルコ、ディウを包囲し、あやうく陥落
1540この頃、密貿易に従事する中国人がポルトガル人を仲間にしており、寧波の近くの島を本拠地とする
1543種子島へ鉄砲伝来
※1530年代から日本は世界有数の銀産国に。そこに後期倭寇が目をつける。
※1540年代、数百の中国船が九州を訪れていたという

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