☞【幕末年表⑱:1867年・第1四半期】『再び国政に参画する時宜を失う訳にはいきもはん…』
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑱:1867年第1四半期」です。 幕末の後半は特に複雑です。 1867年はさらに細かく分けることにしました。 「第2次長州征討」で敗れた慶喜は、雄藩連合による天下公論を目指し、 島津久光らは再び上京します。 慶喜は […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑱:1867年第1四半期」です。 幕末の後半は特に複雑です。 1867年はさらに細かく分けることにしました。 「第2次長州征討」で敗れた慶喜は、雄藩連合による天下公論を目指し、 島津久光らは再び上京します。 慶喜は […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑰:1866年下半期」です。 第2次長州征討の最中、将軍家茂が病死してしまいます。 さて、慶喜の行動はいかに? 1867年(慶応2年)下半期 7/20 将軍家茂、大坂城で病死 ※虫歯だらけだった。※満20歳。 7/ […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑯:1866年上半期」です。 藩論を転じていた長州藩の征討指令が再び出されます。 しかし、グラバー、坂本龍馬を通じて最新鋭の武器を購入していた長州藩は、今までとは全く違っていました。 また、列国と結んだ「改税約書」 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑮:1865年下半期」です。 着任したパークスは、動乱の原因を孝明天皇にあると考え、大阪湾に来航して圧力をかけます。 これに対して老中阿部正外と松前崇広はやむなく開港決定しますが、 一橋慶喜が敢然と異を唱えます。 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑭:1865年・上半期」です。 スタートはたった1人だった高杉晋作の功山寺決起ですが、 なんと、藩論をひっくり返してしまいました。 1865年(元治2年/慶応元年)上半期 1/4 幕府、慶勝を通じて長州藩主毛利敬親 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑬:1864年・下半期』です。 いよいよ長州藩は皇居に乗り込み、戦闘開始となります。(禁門の変) しかし、激戦の末、長州藩は敗北。 来島又兵衛、久坂玄瑞といった攘夷派の中心人物の多くを失いました。 また、この戦闘の […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「幕末年表⑫:1864年上半期」です。 「参与会議」は慶喜が久光らを「奸物」と罵り空中分解。 何の成果もないまま終了しました。 八月十八日の政変以降、反撃の機会を窺っていた長州藩および攘夷派志士たちですが、 新選組に計画を知 […]