~只今、全面改訂中~
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年表格納箱

  • 2019/09/23
  • 2021/05/08

☞【国内クーデターの可能性もあった!!】『§14.聖断と終戦の政治過程』(昭和史講義)

★6月8日の御前会議の決定どおり、本土決戦となって東京が危ういとなったら天皇は長野県松代に移動する計画がなされていた。★2つの原爆とソ連参戦、どちらがポツダム宣言受諾に影響を与えたのかという議論がなされるが、松代遷都案が間に合わない可能性や石油が切れたことも一因とされる。★ソ連参戦からポツダム宣言受諾までは連合国が予想していたよりも早かった。★天皇は国内クーデターも起こらないように配慮しなければならなかった。★8月14日、ポツダム宣言受諾、8月15日、玉音放送、降伏文書調印は9月2日。

  • 2019/09/22
  • 2021/03/16

☞【米国は日本に戦争を仕掛けられる選択肢をとったが、真珠湾奇襲までは知らない、というのが現時点での答え】『§13.日米交渉から開戦へ』(森山優先生)

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、昭和史講義『§13.日米交渉から開戦へ』(森山優先生)です。 ものすごく勉強になりました。 もし公開講座をやっているとすれば、森山教授がいらっしゃる静岡県立大学まで聞きにいきたいとすら思いました。 【これまでの理解】 ★米国 […]

  • 2019/09/21
  • 2021/03/25

☞【大政翼賛会は精神運動組織に過ぎない】「近衛新体制と革新官僚」(『昭和史講義』§12.)

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、昭和史講義『§12.近衛新体制と革新官僚』、牧野邦明先生です。 今まで、近衛新体制というと、「あー、コミンテルンのスパイがいっぱい紛れていた組織ねー」というイメージしかなかったのですが、浅はかでした。 【まとめ】 ★当初はナ […]

  • 2019/09/20
  • 2021/03/22

☞【英米を敵に回してまで結んだ“空洞条約”】「日独伊三国同盟への道」(『昭和史講義』§11.)

こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「1940年、日独伊三国軍事同盟」についてです。 昭和史講義『§11.日独伊三国同盟への道』(武田知己先生)を参考にさせて頂きました。 【これまでの理解】 ★「日独防共協定」は「対ソ連」という意味合いであった。その後ドイツか […]

  • 2019/09/19
  • 2021/03/25

☞【独ソ不可侵条約は永劫続くと読み間違えたか?】『§10.ノモンハン事件・日ソ中立条約』(花田智之先生)

昭和史講義『§10.ノモンハン事件・日ソ中立条約』(花田智之先生) 【これまでの理解】 ★1939年、国境線をめぐって日本とソ連が紛争。国境線は変更することができなかったという点で、ソ連の勝利。これまで日本の被害が大きかったことが伝えられてきたが、ソ連も大きな […]

  • 2019/09/18
  • 2021/03/25

☞【東亜新秩序は後付け理論?】『§9.日中戦争の泥沼化と東亜新秩序声明』(戸部良一先生)

昭和史講義『§9.日中戦争の泥沼化と東亜新秩序声明』(戸部良一先生) 【これまでの理解】 ★中国は「奥地が広い」ため、中国全土を支配できるほどの兵力のない日本軍は点でしか支配することができず、占領地を維持するので精一杯となり、「泥沼状態」となった。 【新たに考 […]

  • 2019/09/17
  • 2021/03/07

☞【日中戦争のきっかけは盧溝橋事件じゃない!?】『§8.盧溝橋事件―塘沽停戦協定からトラウトマン工作失敗まで』(岩谷將先生)

昭和史講義『§8.盧溝橋事件―塘沽停戦協定からトラウトマン工作失敗まで』(岩谷將先生) 最近、なぜか岩谷將先生の検索が増えているので疑問に思っていた。しかし、その原因はおそらく2019年10月18日に岩谷先生が北京国際空港で中国にスパイ容疑で拘留されてしまった […]