- 2021/11/16
- 2022/01/01
☞【中央集権強化へ】『672年、壬申の乱』(古代史講義戦乱篇⑤)
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「672年、壬申の乱」です。 背景には外交方針の違いがあったと考えられるようになりました。 以下、壬申の乱のポイントを『古代史講義戦乱篇(2019)』第5講( 元宮内庁京都事務所長、北啓太先生)を参考に書かせて頂きました。 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「672年、壬申の乱」です。 背景には外交方針の違いがあったと考えられるようになりました。 以下、壬申の乱のポイントを『古代史講義戦乱篇(2019)』第5講( 元宮内庁京都事務所長、北啓太先生)を参考に書かせて頂きました。 […]
『古代史講義戦乱篇(2019)』より。 文化庁文化財第二課文化財調査官、秋野啓介先生。ヤマトは唐と戦争になるとは思っていなかった。
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「文武天皇」時代です。 文武天皇期に「大宝律令」が完成しました。 大宝律令は奈良時代のイメージがあったけど、そうではないんですね。 といっても、ほぼ「奈良時代」なんでしょうけど。 これには藤原不比等の功績もありました。 第4 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「持統天皇」時代です。 百人一首「春過ぎて…」で知っている方もいるかも知れません。 割と「どろどろ」とした時期です。 しばしの空白時代(686年~690年) 【空白3年の理由】 …出生順的には壬申の乱でも大活躍した高市皇子( […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「天武天皇」です。 古代のキーパーソンの1人ですね。 第40代:天武天皇期(673年~686年) 【天武天皇】…天智天皇の弟と言われているが、「異父説」もあり。天智天皇の娘(=のちの持統天皇)を妻とした。 息子は草壁皇子、大 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「弘文天皇」時代です。 「大友皇子」と呼んだ方がわかりやすいでしょうか? 「壬申の乱」で大海人皇子に敗北したことで、「天皇になっていない」と思われがちですが、 1870年に天皇であったことが認められました。 第39代:弘文天 […]
こんにちは。 今回ご紹介しますのは、「天智天皇」時代です。 大化の改新以後は白鳳文化にちなんで「白鳳時代」とも言われます。 広義では「飛鳥時代」に属するのですが、「飛鳥」という言葉を用いると奈良県のイメージがありますね… しかし、天智天皇時代の首都は滋賀(大津 […]