こんにちは。
日本史は大事だと思うのですが、日本史が好きになれない・・・
という人は多いのではないかと思います。
なぜ、そうなってしまうのか、自分なりに「日本史のダメな点」を考察したいと思います。
今回は、「試験問題で切れそうになった件」についてです。
京都守護と京都守護職の違いがわかるかで人を選別することが妥当なのか
歴史能力検定受験にあたって大学過去問も当たってみました。
ところが「日本史」を真摯に学びたいと思った僕にとりましては、これがなかなか「酷い」ものでした。
例としてましては、
「京都守護」を選ばせるところに「京都守護職」を選択肢でぶっこんできたり。
こんな言葉遊びに付き合うために日本史を勉強しているんじゃありません。
大人として自国の歴史を知りたいからです。
いやいや、高校生であっても、こんな言葉遊びに付き合せてはいけないでしょう。
ブチ切れそうになりました。
(だったら試験など受けるな、といわれかねないですが。)
私が高校生ならこんな問題を出題をする人のもとでは勉強しようと思いません。
こんな問題を載せる編集者(東●?)も嫌いです。
もちろんこれは一例に過ぎず、ちゃんと考えさせるような問題も多く出題されているのですが、こんな問題を出している大学がある限りは、日本史が世界史に優るなんていう日は一生来ないでしょう。
大学入試に「悪問」がある限り、日本史が「全国民のための日本史」になることはない。
追記:「学校基本法、学校教育法、教育基本法」の違いを説明しろって・・・
また、似たような言葉も多いのですよ。
「学校基本法、学校教育法、教育基本法のうち、戦後に公布されたものとして間違いはどれか?」
っていう問題も腹立ちますね・・・。
「学校基本法」が間違いですが、出題者はこの問題を通して何を学ばせたいのでしょうか。
教育改革をしても、肝心の大学入試が変わらなければ、ダメでしょう。
受験生はこの類の悪問対策もせねばなりませんが、「こんな悪問覚えるな!」と言いたいところです。
(精神の荒廃、考え方の狭小化を招く!)
1つの区画も「里」、東西の1辺も「里」、50戸を1単位としたものも「里」。
これ、教科書読んでいても注釈ないと大方の人には理解不能ですよ。