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【日本史×ココがダメ!】その5:居住地域によって、有利、不利がわかれる。

こんにちは。

今回ご紹介する、「日本史のダメだと思う点」は、「居住地域によって有利、不利がわかれる」点です。

・・・と申しますと、少なくとも室町時代までに関して、ぶっちゃっけ「畿内有利」と思います。

(そこから先はあまり差がなくなるかも知れませんが。)

日本史は畿内有利。

結構主張したいのがコレです。

僕自身は京都に住んでいるからこそイメージがついて容易に理解できた内容もありました。

古代・壬申の乱の舞台が「瀬田」と言われてもすぐに場所がわかりますし、

室町幕府成立時の一連の話でたくさん地名が出てきても、わかります。

東から攻めてきて宇治から来るルートと瀬田から来るルートがあると言われてわかりますし、吉野から伊勢に逃げる道があると言われてもピンと来ます。実際、そういうところに現在でも幹線道路が通っていたりするのですよね~。

応仁の乱の最初の舞台となった「御霊神社」とか、「山名宗全邸の跡」とか、たまたま信号待ちの時に横向いたらありました。

「万寿寺通り」という看板を見て、あ、「万寿寺」は京都五山なんだな、と覚えました。

(よく鎌倉五山か京都五山で迷うところですが)

しかし、これが生まれ故郷の前橋に住んでいたままでしたら、絶対にわからなかったでしょう。

「貝塚の存在から縄文時代は群馬も海に面していた」ということなど【コチラ】、ネタとしては面白いけど、多分、試験には出ないでしょうし。

古代、勢力を誇った吉備ですら出雲ですら越ですら陸奥ですら扱いは端だと言うのに、「奈良県の道路」なんていうのが出題されるのですよね・・・。

つまり、古代から「大和朝廷」中心の日本史であり、都を中心に書かれている、ということです。

つまり、日本史はおそらく畿内有利。

よって、非畿内在住の方で、日本史も世界史もどっちも興味がある、という方がいらしたら、世界史をお勧めしたいと思うのです。

(逆に畿内在住なら日本史でも良いかも知れません。)

【追加】滋賀は東山道。

余談ですが、古代の行政区で「滋賀」は東山道であり、「畿内」ではありません。(なぜか頻出事項)

→【6】