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こんにちは。

今回ご紹介しますのは、「第1回男子普通選挙(1928年)まで」についてです。

ちなみに、「普通選挙法」は加藤高明内閣時代の「1925年」に「制定」されて、「実施」されたのが田中義一内閣時代の「1928年」ですので混同しないで下さいね。

【男子普通選挙法】

「制定」・・・1925年、加藤高明内閣
「実施」・・・1928年、田中義一内閣

以下、「昭和史講義」:第2章『普通選挙法成立と大衆デモクラシーの開始』(小山俊樹先生)を参考にさせて頂きました。

【年表】第1回護憲運動(1913年)~第1回普通選挙実施(1928年)

1913 第1次護憲運動。(※1)

第3次桂内閣→第1次山本権兵衛内閣。 (※2)
1914 シーメンス事件

第1次山本権兵衛内閣→第2次大隈内閣へ。(※3)

第1次世界大戦勃発。
1915第12回衆議院総選挙
(立憲同志会:のちの憲政会153、立憲政友会108、立憲国民党27)
1916第2次大隈内閣→寺内内閣(※4)
1917第13回衆議院総選挙
(立憲政友会165、憲政会121、立憲国民党35)
1918寺内内閣→原内閣(※5)
1920第14回衆議院総選挙
(立憲政友会278、憲政会110、立憲国民党29)
1921原内閣→高橋是清内閣(※6)
1922※山県有朋死亡

高橋内閣→加藤友三郎内閣(※7)
1923加藤友三郎内閣→第2次山本権兵衛内閣(※8)
1924第2次山本権兵衛内閣→清浦内閣。第2次護憲運動。(※9)

5月、第15回衆議院総選挙
(憲政会151、政友本党116、立憲政友会100、革新倶楽部:立憲国民党の後身30)

6月、加藤高明を首相とする護憲三派内閣が成立。(※10)
1925 普通選挙法を制定。(実施はまだ。)
8年間、政党が内閣を組織する「政党政治」時代を迎える。

ソ連と国交回復、治安維持法。
1926 加藤高明死去、若槻内閣誕生。(※11)
1927 若槻内閣→田中内閣(※12)

政権混乱、「憲政の常道」に基づき田中義一が首相に
1928 初の普通選挙実施

第16回衆議院選挙
(立憲政友会217、立憲民政党=憲政会+政友本党216)

1議席差で政友会が上回るも、得票数は民政党が上回る。無産政党から8人の当選者。

(※1)第1回護憲運動

この時は立憲国民党・犬養毅、立憲政友会・尾崎行雄が中心となり閥族政治批判をしました。

尾崎行雄の「弾劾演説」は是非全文読むべきと思います。【コチラで】。

尾崎行雄は政党をコロコロ渡っているし、犬養の政党もコロコロ変わっているので政党名は覚えなくてもよいとは思うのですが、

<国民犬かい、政治のおうざ
立憲国民党=犬養、政友会=尾崎

というゴロは、覚えておくとちょっと良いかも知れません。

(のち、犬養も立憲政友会に迎え入れられるのですが)

複雑な政党名はこれで覚えた:コチラ

(※2)第1次山本権兵衛内閣

「山本権兵衛」は薩摩藩出身の海軍軍人です。

長州閥の山県有朋と双璧をなすくらいの人物であると言われてもいます。

(しかし、ちょっと運がない、というか、2度の政権はいずれも短命)

第1次山本権兵衛内閣では「現役武官制廃止」(引退後でもなれることに。これによりストライキの心配軽減)、官僚制度の変更などが行なわれました。

しかし、「シーメンス事件」(海軍の賄賂)の責任をとり辞任します。

(※3)第2次大隈内閣

元老の支持を得た大隈が組閣。

当時、大隈は立憲同志会という小さな党しかもっておらず、「御飾り」と考えられていましたが、第1次世界大戦勃発で形勢が変わりました。

「軍拡案」は政友会、国民党に反対をくらいましたが総選挙で圧勝したため、2個師団、海軍拡張案を成立させることになりました。

しかし、他国の戦争で財政難を乗り切ってしまったことが、軍部の増長にもつながるのです。

高齢もあり辞任。後任には外務大臣・加藤高明をつけようとしましたが、対華二十一か条など独善的な外交姿勢を行なった山県有朋はこれを認めませんでした。

加藤高明
せっかく選挙で勝ったのに・・・

(※4)寺内内閣

再び長州閥。

米騒動で退陣。

この時代については「シベリア出兵」でも

(※5)原内閣

ここでようやく山県有朋が立憲政友会総裁で、国民の支持が高かった原敬を首相に認めます。

(とはいえ、まだ「政党政治」を認めたわけではありませんでした。)

「平民宰相」と言われ(平民出身ではないのに)活躍しましたが、のちに暗殺されます。

加藤高明
ライバルの原敬に先を越された・・・

(※6)高橋是清内閣

同じ政友会から高橋是清が後継となります。

大蔵大臣としての方が有名でしょうか。

(五一五事件ののち、10日間だけ臨時で首相にも就いておりますが、これはカウントされません。)

閣内不一致となり退陣。

(※7)加藤友三郎内閣

続いてはワシントン海軍軍縮条約で欧米の信頼も厚い加藤友三郎が就任します。

しかし、在任中に大腸癌で死亡。

加藤高明
またダメか・・・

(※8)第2次山本権兵衛内閣

関東大震災で混乱しておりましたが、山本権兵衛が再登板します。

しかし、どうも運が悪いというか、就任間もなく「虎の門事件」(=皇太子狙撃事件)が起きて責任をとり辞任します。

【歴代首相覚え方】
大隈(17代)→寺内(18代)→原(19代)→高橋是清(20代)→加藤友三郎(21代)→第2次・山本(22代)→清浦(23代)→加藤高明(24代)。   

(※9)清浦内閣→第2次護憲運動

今度は貴族院より清浦奎吾。

ここで「第2次護憲運動」が起こり解散総選挙へ。

加藤高明
もう待てん!

ここは協力して政党政治を目指そう!

清浦首相は貴族院最大会派の「研究会」に協力を仰ぎ、以前より貴族院と親しかった衆議院最大多数党の政友会にも提携を呼びかけます。

しかし、政友会(高橋是清)はこれを拒否しました。

一方、床次(とこなみ)竹次郎らはこれに反対して、「政友本党」を結成し、清浦を応援することとなりました

↓↓

その結果、

<(清浦内閣&)政友本党(床次)
       vs
政友会(高橋)憲政会(加藤)革新倶楽部(犬養)
(護憲三派)

という構図に。

第15回総選挙の結果、護憲三派が勝利してようやく、憲政会総裁・加藤高明内閣が誕生しました。(当初は連立政権)

加藤高明
ようやくなれた・・・

第2次護憲運動はこれまで国民の政治的欲求に答えられていないと評価が低かったのですが、近年の研究では特権階級打破の呼びかけに都市の民衆や農村の青年層が呼応し、運動を下支えしていたとして、見直されつつあります。

(※10)加藤高明内閣

加藤高明内閣時代に「普通選挙法」が制定されました。

(男子のみの参政権でも「普通選挙」と呼ぶのが一般的であるのに注意。)

身分、納税額の区別なく選挙を行うことを普通選挙と言いまして、25歳以上の男子に選挙権が与えられました。(有権者は20%となる、約4倍。)

立憲政友会は高橋是清が総裁を引退し、田中義一が後を継ぎます【コチラも】。

田中は次期政権を目指して加藤内閣には入らず、革新倶楽部を吸収合併して政友本党とも提携して多数派工作し、閣内不一致による総辞職を導きます。

しかし、西園寺は再び加藤高明を指名し、今度は憲政会の単独与党となりました

ちなみに、この年、「治安維持法」も制定されました。

ソ連と国交回復したことで日本における共産主義拡大が予想されたからです。

共産党はソ連の影響を受け、「国体の変革」を掲げていたので取り締まる必要がありました。

ソ連との国交回復と治安維持法はセットで覚えてください

加藤高明
しかし、在任1年半で死んでしまいます。

(※11)若槻内閣

加藤高明の在任中に肺炎で死去したために、同じ憲政会から若槻禮次郎が就任します。

「憲政の常道」とは1つの政党で政策が行き詰って総辞職となったときは、野党第一党の総裁が内閣を組織すると言うものです。

加藤高明内閣から憲政の常道が開始した、と考えて良いでしょう。

しかし、二大政党が互いに足をを引っ張り合って暴露合戦をするなどという負の側面もありました。

金融恐慌に端を発して総辞職。【コチラも

<二大政党の重視点>

憲政会→民政党 立憲政友会
若槻禮次郎、浜口雄幸ら田中義一、高橋是清ら
緊縮財政、重要産業統制法 積極財政、産業振興、税制改革
社会政策(労働争議調停法など) 地方分権
政治的権利の拡大 治安維持法強化

(※12)田中内閣

いよいよ第1回普通選挙。

選挙を運営する内務省官僚に与党の意向が強く反映され、野党の選挙違反を厳しく取り締まることになります。

その結果、政友会164、民政党1701人(!)が選挙干渉で違反とみなされました。

さらには公的な人物や、団体組織関係者が汚職、買収の嵐。

国民の政治参加は拡大しましたが国民は失望します。

ちなみに結果は、政友会217議席に対して、民政党は216議席でした。

<民政党>(憲政会+政友本党)若槻禮次郎・浜口雄幸ら…216
vs
<政友会(政友会+革新倶楽部)>田中義一ら…217

得票数では民政党が上回り、無産政党からは8人が当選しました。

せっかく普通選挙が実現したにもかかわらず、その後、政党は党内の派閥争いや不正が相次ぎ、社会不安の増大とともに軍部の台頭を準備する一因となっていくのです

【まとめ】

普通選挙法実施により国民の政治参加は広まったが、同時に政党への失望にもつながった。政党への失望は軍部の台頭を認める下地にもなった

加藤高明

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