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【問題】次のできごとを順番に並べよ。

①二二六事件 ②三月事件 ③五一五事件 ④十月事件

簡単すぎでしょうか?
専門家が見たらこんな問題・・・と思うかも知れません。

しかし、受験生にとっては混乱しがちなところなんですよ・・・。

正解は②→④→③→①です。

三月事件と十月事件はクーデター未遂事件です。

三月事件で担がれたのが宇垣一成、十月事件で担がれたのが荒木貞夫です。

一方、五一五事件、二二六事件もクーデター未遂事件といえばそうなのですが、死者が出ております。

暗殺事件と言えば、他にも「血盟団事件」「相沢事件」などなど・・・。

物騒な世の中です・・・。

1つ1つ見て行きましょう。

三月事件

【年月日】・・・1931年3月20日予定(未遂)

【当時の内閣】・・・浜口雄幸

★金解禁、ロンドン海軍軍縮条約締結断行で敵も多かった。
★前年11月に銃撃を受けて病身であった。

【主な登場人物】
橋本欣五郎(陸軍)・・・中堅将校を集めて「桜会」を組織。
大川周明(思想家)・・・民間右翼。軍部と結んで国家改造を目指す。
宇垣一成(陸軍大臣)・・・首謀者たちによって首相にする動きが見られたが、クーデターせずとも首相になる可能性もあったことから最終的に本人が計画から降りた。
永田鉄山(陸軍:一夕会)・・・当時陸軍省軍事課長。政党内閣制を改革する必要性は感じていたが、そもそも反宇垣派でもある。
小磯国昭(陸軍)・・・陸軍省軍務局長。事件の首謀者の1人。
徳川義親(尾張徳川家)・・・貴族院議員。資金を提供していた。

【事件の概要】・・・既成政党の支配に反発する諸勢力(無産政党も合流予定であった)が民衆を煽動して騒擾を起こし、出動させた軍隊がそのまま実権を掌握し、宇垣一成政権を樹立するという計画。騒擾を起こすだけの動員力がなかったこと、計画が漏洩して陸軍内部からの反対が多かったこと、宇垣本人が計画中止を命令したことで、計画は未遂に終わる。関係者の処分はなく、国民が知るのは戦後である。

【事件後のできごと】
4月…浜口首相辞任、第2次若槻内閣誕生
9月…柳条湖事件

浜口内閣の誤算といえば、反対派を結集させてしまったことではないかね。
諸悪の原因は不況じゃないのですかいね。
宇垣一成
一度でも私に首相をやらせるべきだったんじゃないかな。

資源は欧米から得るという点で一夕会の連中より現実的だろ?

大正時代の軍縮のことをとやかく言われるけど、軍縮して予算が余ればそれをより効率的に運用できるではないか。

宇垣一成についてはコチラも

つづいて、『十月事件』。この時、担がれたのが荒木貞夫。

十月事件

【年月日】・・・1931年10月24日予定(未遂)

【当時の内閣】・・・若槻禮次郎内閣

★柳条湖事件以後の軍事行動(満州事変)不拡大を唱え、陸軍の反発を生んでいた。


【主な登場人物】
橋本欣五郎(陸軍)・・・桜会。関東軍による満州事変に呼応して国内でもクーデターを行なおうと計画。
大川周明(思想家)・・・三月事件に引き続き橋本欣五郎に同調。
西田税(元陸軍)・・・病気で予備役編入後は民間右翼として活動。方向性の違いから桜会メンバーと対立していく。
荒木貞夫(陸軍)・・・事件当時は教育総監部本部長。若手から慕われ、クーデター後の首相として担がれる。
永田鉄山(陸軍)・・・政党内閣制に反対と言う点では一致するが、「抜かずに内閣にすごみを聞かせる方が得策」とクーデターに反対。

【事件の概要】
国家改造を企む桜会、大川周明らは首相らを殺害したあと、荒木貞夫政権を樹立するというクーデターを画策。しかし、酒席で計画を大言壮語するなど杜撰さを露呈し、憲兵隊により捕獲される。

【事件後のできごと】
12月・・・第2次若槻内閣退陣、犬養内閣へ。荒木貞夫が陸相就任。
1932年2月~3月・・・血盟団事件
1932年3月・・・満州国建国
1932年5月・・・五一五事件

連立政権によって関東軍や国内クーデターに対抗しようと言う動きもあったのですが、結局、折り合いがつかずに若槻内閣倒閣となりました。
ロンドン海軍軍縮条約における浜口内閣への攻撃は記憶に新しい。政友会とは組めないでしょ。それに森恪みたいな軍部とつながっている者もいるし。

そして民間右翼は軍部と手を組まずに単独で暗殺事件を行なう。(血盟団事件)

十月事件は海外にも知られることになりました。

日本は軍部が台頭していると。

超国家主義についてはコチラも

荒木貞夫についてはコチラも

五一五事件

【年月日】・・・1932年5月15日

【当時の内閣】・・・犬養毅内閣

★10月事件(1931.10)以後、民間右翼と青年将校は決裂。民間右翼も西田税と大川周明、あるいは井上日召(血盟団)は袂を分かつ。血盟団は暗殺組織となり、海軍青年士官は再び荒木貞夫に期待。
★関東軍の力によって満州国が建国される(1932.3.1)が、犬養毅は正式承認を見送っていた。


【主な登場人物】
犬養毅(首相)・・・第1次護憲運動での活動から尾崎行雄と共に「憲政の神様」とも呼ばれていた。政友会においては外様であったが、人気のために総裁に担がれる。
海軍青年士官・・・井上日召と親しい藤井斉が中心であったが、第1次上海事変で藤井が戦死。残ったメンバーが実行。(三上卓ら)
橘孝三郎(愛郷塾)・・・実行部隊として協力
農民決死隊(愛郷塾)・・・変電所を襲って首都を停電にする予定だったが、知識不足。
陸軍・・・協力をしない方針に。

【事件の概要】
海軍青年士官たちのグループは、首相官邸、日銀、内大臣邸、政友会本部、警視庁を襲う計画。変電所も襲って首都を停電に陥れ、戒厳令を敷いて荒木貞夫を首相とする軍部政権をつくるはずだった。しかし、犬養首相が殺害された以外は大きな混乱が起きなかった。(ただ、十月事件で袂を分かった西田税は襲撃されて瀕死)

【事件後のできごと】
5月・・・慣例に従えば、同じ政友会の後継総裁である鈴木喜三郎が就任すると思われたが、陸軍の反対が強固であると認識した元老西園寺公望は海軍穏健派である斎藤実を指名。これにて「憲政の常道」(政党による政治※)は終焉。
9月…日満議定書

※選挙で最多得票を得た党から総理大臣が選ばれる。しかし、問題が生じた場合は野党第一党から総理大臣が選ばれる。

犬養毅
満州国設立は原則として了承しておりますよ。

ただ、正式に認可してしまうと国際社会浮いてしまうではないですか。

荒木貞夫
純真なる青年が・・・

かくの如き挙措に出でた心情について考えてみれば涙なきを得ない

何言ってんだ、どー見てもオカシイだろって。
対立政党の腐敗、財閥の利権独占、東北地方の不作を放置すれば、国家にとってこれより大なる危険はない!

私たちが捨て石となります!!

助命嘆願運動も起きました。

これは愛郷塾の農民決死隊の影響が大きいのではないでしょうかね。

1935年には「相沢事件」で永田鉄山、
1936年には「二二六事件」で、斎藤実、高橋是清らが暗殺されます。

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右翼運動の系譜:コチラ