~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

学校の先生、塾の先生は親ではない!

最近は、古代から勉強する授業と、近代から始まる授業2種類カリキュラムに組み込むというようなことをしている学校もあるようだ。

しかし、昔は学校の授業が「近現代史まで辿り着かない」なんていうことはザラ。

僕が通った地方の公立高校も、進学校といえども世界史は近代まで到達しなかった。

ある3年の秋の日。

センター試験が近づいているというのに、なかなか近代史に突入する様子もない授業に、誰かが「このペースで終わるのですか?」と聞いたとき、

「コラ!お前ら、近代史まで辿り着かないとか文句言ってやがるけど、受験を考えてるんだったらそんなもん自分でやれ!俺はお前らの受験のために授業してるんじゃねぇんだ!!」

と先生が烈火の如く怒った。

一同騒然としたし、当時は「なんだ、このオッサンは、なんて無責任だ」と思ったりもしたが、今思うと、これは正論だと思う。

高校は予備校ではない。まして先生は親ではない。

また、もしかすると、マルクス史観に縛られていた時代、近現代史まで辿り着けない学校が多いのは、今思えば、もしかすると、近現代史は「こうに教えなさい」ということが決まっており、それ通りに教えることへの先生たちの抵抗だったのかも知れない、なんて深読みしたりもしてみたり。(ただ単に脱線が多いだけだった可能性の方が高いが。)

授業もそうであったが、実に面白い先生であった。

やっぱり自学自習こそ勉強の基本だと思う。