~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

☞【茶の湯はキリスト教由来、ってホントかな?】『戦国時代通説のウソ』(2018年、彩図社)

チョット待った。

こんな人目を引くような題名つけて、冗談でしょ?

と思ったけど、よく考えると、さもありなむ。

「千利休」が堺のミサに出入りしていたという。

【千利休】(1522~1591)

の商家に生まれる。(本名は田中。)

織田信長が堺を直轄地にする過程で今井宗久(鉄砲を調達)らとともに茶人として仕える。

秀吉にも仕え、名声を得るが、70歳の時に切腹を命じられる。真相は不明。

「侘茶」を大成。

なるほど、千利休は堺の出身で、当時、堺にはキリシタンも京都での戦乱を避けて訪れていたことだから接点があってもおかしくない。

それだけではない。

利休が大成したと言われるが、

茶道における「回しのみ」はキリシタンが「回しのみ」するワインから着想を得て、

さらに飲んだ後に口を拭くのも同じくミサから着想を得ているのではないか、と言う。

また、ミサではパンをまわす代わりに、菓子を回す。

これだけなら偶然と思うかも知れない。

しかし、利休の弟子にはキリシタン大名や武将がやたら多いのだ。

「利休七哲」と呼ばれた7人のうち高山右近、牧村兵部、蒲生氏郷はキリシタン大名、

さらに、古田織部、細川忠興もキリスト教との関係があったとも言われる。

そして、茶室の入り口が狭いのも「狭き門より入るべし」というキリストの教えではないか、と言うのだ!

しかし、千利休がキリシタンであったという証拠はない。

キリシタンではなかったにせよ、キリシタンからヒントを得ていたとしても、不思議はないかな、と思う昨今。

いずれにしても、それだからと言って、茶道がキリスト教由来とは思わないが。

試験的にはとりあえず王道を学んでおこう。

【茶道の歴史】

 

村田珠光(1423~1502:しゅこう)…侘茶の創出。禅がスタート。一休さんの弟子でもある。

十四屋宗伍

武野紹鴎(1502~1555:たけのじょうおう)…さらに簡素化。

千利休(1522~1591)…大成させる。

 

♨一休(1394~1481)…「狂雲集」。自由を求めた禅僧を「林下」とよび、大徳寺、妙心寺がこれにあたる。

むらのたんぼに たけのこ 千本
村田ー武野ー千(田中)
という覚え方もあるよう。【コチラ

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