こんにちは。
今回ご紹介しますのは、「日本語の歴史」(2006年)、中世編。
平安時代に「ヲコト点」を契機に「カタカナ」が生まれ、さらに「ひらがな」が生まれました。
しかし、鎌倉時代以降は「書き言葉」と「話し言葉」の乖離が問題となります。
一方、文化的には宝暦年間あたりから江戸が中心となりました。
のちに「標準語」に選ばれたのは薩長の言葉ではなく、江戸の上流階級の言葉でした。
§3.うつりゆく古代語―鎌倉・室町時代
★古典文法が変容していく時期が鎌倉・室町時代であした。
この時代で活躍するのは、「ぞー連体形」「こそー已然形」の強調表現。
平安時代のそれとは異なり、力強い口調を出すための慣用表現となりました。
★最終的に係り結びは「こそー已然形」を除いて全て消えました。
この時代、連体形が終止形と同じような機能を持ち始めたからです。
※例として、「~けり(終止形)」のはずが、「~ける(連体形)」といった具合に。
★こうして終止形は連体形に吸収され、現代語へと連なっていきます。
(「勉強する」は終止形だが、「勉強するとき」は連体形。終止形と連体形が一緒になっている。)
★さらに、主語を示す「が」が発達したことで、「こそー已然形」も消滅。
情緒的思考を生み出していた「ぞ」「なむ」「や」「か」などの係助詞も立場を失い、「が」が主流になることで論理的思考をとるようになった。
(「花ぞ無き」「花こそ無けれ」ではなく、「花が無い」)
★また、鎌倉・室町時代には文と文の関係を明示する接続詞が発達しました。
「しかれども」「されば」など。
★他に武士に特徴的な表現として、「退却する」という言葉も、「明け渡す」と「開く」という言葉を使うなど変化が。
こういった空威張り的な言い方を「武家ことば」「武者詞(むしゃことば)」と呼ぶ。
★促音「ッ」と撥音「ン」も特徴的で、「がしがしと歩み」は「がっしがっしと歩み」とすることで力強さを増している。
「むずとつかむ」も「むんずとつかむ」となる。
★鎌倉・室町時代に「係り結び」が消滅し、論理性のある日本語となったことは日本人の考え方の変化を教えてくれる重要な手がかりであると考えられる。
§4.近代語のいぶきー江戸時代
★宝暦年間(1751-1764)は近代語の基盤が形成された時期である。
この時代、人口も文化も江戸が中心になり、「江戸語」が共通語に台頭していきます。
♨「宝暦」といえば、薩摩藩の「宝暦治水事件」(1753~55)や、竹内式部の「宝暦事件」(1758)が知られます。
吉宗は1751年に死んでおり、将軍は主に家重です。
【コチラも:徳川家重、家治の時代】。
田沼意次が本格的に台頭していくのは、その次の時代となります。
★濁音の数は現代と同じく18音に。
(清音は平安時代末期に46、鎌倉時代に現在と同じ44になった。)
★上方と江戸で対立がなかったわけではない。
上方では江戸語のことを「べいべい」うるさいとし、上方で「~さかいに」と言うところを「~から」とする言い方も気に入らない。
★「観音」は上方では「くゎんおん」。江戸では「かんのん」。
現在でも東北、北陸、四国、九州で「くゎ」「ぐゎ」と「か」「が」を使い分けている地域があるようだが(例:「火事」=「くゎじ」)、
江戸では早々と「か」「が」に統一された。
「おん」を「のん」と読むのは「連声(れんじょう)」と言うが、一種の訛り。
★「いらっしゃる」「おっしゃる」「くださる」「なさる」なども江戸時代に使われている。
「あなた」「おまえ」も江戸時代から。
「です」「ます」も江戸時代から。
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