こんにちは。
今回ご紹介しますのは、「日本語の歴史」(2006年)。
子どもの小学校受験にあたって、とある小学校の校長先生の話を聞いたときのことです。
校長先生は書道の先生らしいのですが(珍しい)、校長先生は「遣唐使を廃止することで国風文化が育ち、平仮名がつくられた、その中心地が京都だと思うと感慨深い」というようなことをおっしゃっていました。
しばらくはその言葉を疑うことなかったのですが、日本史の勉強を進めていくと、どうも違うような気がしてきました・・・
そこで手にしたのが本書。どうやら、
「ひらがな」は、遣唐使廃止とは全く関係ありませんでした。
以下、読書メモです。
ちなみに、奈良時代の人たちが九九を知っていたのもビックリです。
§1.漢字にめぐりあうー奈良時代
<話し言葉を文字にするには?>
★古代、日本列島に住んでいた人たちの話していた言葉はどんな言葉であろうか。
諸説あるが、今のところ北方からという説と南方からという説がある。
南方系オーストロネシア語の系統を下地に、北方家のアルタイ語の系統が流れ込んで融合したという説が有力である。
★それらの言葉をどうやって「文字」にしたのか。
文字を持たない人々が行うことは2つ。
1つは自分たちで、自分たちの言葉を記すのに適した文字を創り出していく方法、もう1つは、既に創られ使われている他国の文字を借りてきて利用する方法である。
先祖たちは、「借りる」こと選んだ。
★実はこれが大変だった。
「古事記」序文にも
“漢字を使って述べてみると、どうも心に思っていることが十分にあらわされていない。そこで漢字の音だけを借りる方式で述べてみると、恐ろしく文章が長くなってしまう”
という「嘆き」が書かれています。
<万葉仮名の誕生>
★ただ、漢字が「表意文字」であったため、「やまとことば」を漢字に当てはめることができた。
「山」という漢字に、「やまとことば」をあてはめて「やま」と読んだ。しかし、「サン」という中国音も受け入れたため、漢字1字に対して複数の読みが生じた。
そのため、漢字の意味がわかっても「読めない」という不思議な現象が生じた。
★その問題を解決するには、一音一音を漢字の音だけ借りて使うしかない。
ここに「万葉仮名」と呼ばれる新たな漢字の使用法が生まれました。
「くらげなすただよへる」という日本の国土がまだ形が整っていない状態のことを「久羅下那洲多陀用弊流」と、漢字の意味を一切捨てて表記した。
たった10音を表すのにとても効率悪いと感じるが、この効率の悪さこそ、のちに平安時代における「ひらがな」「カタカナ」を生み出す源流になる。
♨万葉集にしてもそうですが、古代の人たちが「歌」を詠んだのは「本当はもっと書きたいけど書くのが大変だから」なのではないかと思ったりもするくらい、一音一音書くと長いですねー。
<奈良時代の人は九九を知っていた!>
★一方、「二八十一」と書いて「にくく」と読ませたり、「十六」と書いて「しし」と読ませたり、万葉仮名は文字遊びとも考えられる要素が多かった。
(八十一=九九、十六=四四)
他にも「蜂音」で「ぶ」と読ませたり、「馬声」で「い」と読ませたり、とにかく凝っている。
「向南山」は「きたやま」である(!)。
<奈良時代は「五十音」以上!>
★さらに驚くべきことは、奈良時代の人々は現代人が発音しないような音を発声していた。
清音は61音(現代は44音)、濁音は27音(現代は18音)もあった。
★「こ」という音も2種類あり、「こひ(恋)」の「こ」と「こゑ(声)」の「こ」を使い分けていた。
さらに言うと、奈良時代には「母音」が8種類もあったという説も存在する。
★逆に「きゃ」「きゅ」「きょ」などの拗音はまだ日本語の音としてなかった。
「は」行の音は「ふぁ」「ふぃ」「ふ」「ふぇ」「ふぉ」と発音されていた説や、「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」と発音されていたという説もある。
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