~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

☞【『中世史講義』-院政期から戦国時代までー(高橋典幸ほか、2019年、ちくま新書)】

昭和史講義」→「古代史講義戦乱篇」→「古代史講義」と読んで、「中世史講義」を読まない手はないと感じた。

中世史は呉座先生の「戦争の日本中世史」を読んで好きになったが、本書はかなりマニアックな印象・・・。

§1.中世史総論(東京大学 高橋典幸先生)

新たな動き

中世は「武士の時代」と言われるが、変化したのは武士だけではない

まず、「院」。はじめは院近臣と呼ばれる受領や乳母一族などの中下級貴族たちが中心だったが、やがて摂政・関白らも院に仕えるようになり、朝廷は「院」を中心として再編成された。

★「宗教」面では教徒たちにより「教団」が形成された。

加賀国に至っては100年にも渡って一向宗が国を治めた。

「団結する動き」は庶民にも見られた

商人や職人は「座」と呼ばれる同業者組合を作り、権益を守ろうとした。

農村では「惣村」が誕生した。

「惣村」では独自の掟を作ったり、年貢の納入を共同で行うようにもなった。惣村は鎌倉時代から戦国時代にかけて近畿地方で多かった。

ウジからイエへ

★古代と中世の違いとして「氏(ウジ)からイエ」という言葉がある。

古代はウジごとに朝廷に奉仕していたが、そこから分立・成長した「イエ」が単位となっていった。

単なる「家族」という意味と区別して「イエ」と呼ばれる。

皇族も白河天皇以後、「天皇家」という天皇の地位を継承する「イエ」が成立した。

さまざまなイエ

★藤原道長の子孫からは摂関家が生まれたように、大臣になるイエ(徳大寺家、久我家など)、実務官人になるイエ(日野家、甘露寺家)、和歌の師範となるイエ(冷泉家)、衣服に関する故実を伝えるイエ(高倉家など)が成立した。

武家も一緒である。

やや遅れて農民にも「イエ」という概念が成立した。

優越するイエ

★代々、左大史を世襲した下級貴族「小槻家」は、業務関係の資料を全部自宅の書庫で管理していた。

★武家政権も、「将軍のイエ」と「武士のイエ」による契約関係によって成り立っていた。御成敗式目26条にも、幕府の決定で所領を与えたとしても家長は自由にそれを取り消すことや、別の子に譲ることができるとある。

将軍であっても「武士のイエ」内部の問題には介入できなかった

権力の分立

★古代律令制では公地公民制を謳っていた。1156年、後白河法皇は荘園整理令を発令し、「すべての土地は天皇のものである」と宣言するが、わざわざ宣言しなければいけなかったことから、「整理しなければならない土地」があったことがうかがえる。

★鎌倉時代には、西国に所領をもつ幕府御家人も出た。

しかし、文化的な違いからたびたび現地住人や荘園領主と紛争が生じた。

一方で東西の交流も進み、西国に永住する御家人も出現した。

★北条泰時は京都に在住していた期間に西国の文化を学ぶことで「御成敗式目」を作ることができたと考えられる。【本郷先生の「承久の乱」:コチラも

★室町幕府は京都が拠点であったため、公家と武家の交流はさらに進んだ。

一方、東西の政治的分裂は続いた。

1438年には永享の乱(室町将軍・足利義教vs鎌倉公方・足利持氏)が起き、そのリベンジマッチとして享徳の乱(1454)もおきた。

♨その1つ前段階では「遠国放任策」をとってうまくやっていたのだが。【呉座先生の「戦争の日本中世史」ハト派の重鎮、畠山満家

さまざまな「公」

★徳政一揆がよく知られているが、自らの集団の力で債務破棄などを実行する「私徳政」も行われた。当時、さまざまな集団、階層が「公」を名乗った。

自力救済の世界である。

自力救済と一揆

利害を共にする人々が一致団結して目的達成にのぞむことを「一揆」と呼ぶ

(江戸時代的な「一揆」と中世の「一揆」はニュアンスが異なる。)

領主の一揆、庶民の一揆、僧侶の一揆、徳政一揆、などなど。

「一揆」の特徴は構成員全員が対等な関係であることと、決定には構成員全員が従わねばいけないことであった。

「一揆」的な結合が日常化したものが惣村である。

★武士たちが結んだ「国人一揆」からは戦国大名が生まれることもあった。

毛利氏の起源は安芸国の国人一揆である

社会を結びつけるもの

★一揆は縮小することはなかったが、なぜ縮小しなかったのかというのは難問。

★答えではないが、1つの例として「聖」を挙げたい。彼らは寺院社会を離れて独自の宗教活動を行った人たちであり、「市の聖」と呼ばれた空也は代表例であろう。

★中世では東大寺再建に尽力した重源が代表例である。彼の「勧進」(募金活動)には後白河法皇、源頼朝、藤原秀衡といった面々から名の知れぬ庶民までが応じていた。

どの組織にも属さないからこそ、どの組織にもはたらきかけることが可能だった

★その後、「聖」たちは橋や道の修理、病人や非人の救済などを行うようになる。いずれも個々の組織、集団の手には負えない事業であるが、そのスキマを埋める作業を「聖」たちはしていた。

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