~「もう一つ上の日本史」出版に伴い、勉強方法も変える必要が出たので、全面改訂突入します~

『世界を動かす「宗教」と「思想」が2時間でわかる』(蔭山克秀、2016年、青春新書)【前編】

やりなおす戦後史」を読んで著者の蔭山先生を尊敬するに至った。

海外に興味がある人は是非ご一読を。世界史を知らなくても、ものすごくわかりやすい。(アメリカのところだけでも知っておいたほうが良い。)

以下、読書メモ。

1.欧米の根っこにある「キリスト教」という行動原理

まず、キリスト教は「ユダヤ教」から生じた。ユダヤ教は宗教と言うよりは「契約」そして、契約さえ守れば「ユダヤ人だけ」救われる

【出エジプト】

古代の大飢饉によってカナン(パレスチナ)を後にしたユダヤ人はエジプトへ。しかし、そこで苦難を味わい、モーセに引き連れられて「出エジプト」を行う。この際、モーセは「十戒」を授かる。

【バビロン捕囚】

カナンに戻りヘブライ王国を建国するも、イスラエル王国とユダ王国に分裂し、その後、ユダ王国はエジプトに支配され、新バビロニアに支配され、ユダヤ人はバビロニアに連れ去られてしまう。(バビロン捕囚)

バビロニアが滅んでカナンに戻るが、今度はローマ帝国に支配されてしまい、亡国の民となった。そして再び苦難の歴史がはじまり、メシア思想が生まれるのである。

【ローマ帝国による支配】

イエスの実際の活動期間というのはほんの2年程度であるが、これまでのユダヤ教と違うのは「愛」を説いたことである。ユダヤ人が恐れおののく神は、イエスにより慈愛に満ちた神へと生まれ変わった。

しかし、もっとも重要なのは使徒パウロによる異邦人伝道であろう。パウロは「信仰義認説」を説いたことでも有名だ。つまり、人間がもって産まれた「原罪」をイエスが身代わりとなって死んでくれたことで帳消しにしてくれた。よってイエスを信じることで、神に義と認められる、ということだ。

(注:神の愛である「アガペー」を「愛」と訳すことで日本人の「愛」はわかりにくくなっている、という説もあり。)

【392年の国教認定】

その後、苦難を経ながらも信者数は伸び、

  • 313年 コンスタンティヌス帝より公認(ミラノ勅令)
  • 392年 テオドシウス帝により国教認定

となった。

最も重要なのは「教父」アウグスティヌス。彼によりキリスト教は理論武装され、強固な宗教となった。 (※若い頃は変な宗教にはまっていたり、放蕩をつくしていたそうな。)

【フランク王国における利用】

ローマ帝国は395年、東西に分裂し、西ローマ帝国は476年に滅びた。そして、その後、クローヴィスによりメロリング朝フランク王国がつくられる。クローヴィスはアリウス派からアタナシウス派に鞍替えして、より多くの信者をまとめるのにキリスト教を使うのであるが、一言でいえば「悪用」

その後、カロリング朝となり、ピピンの寄進など後ろ盾を得たキリスト教は中世において猛威をふるう。学問の中心は神学でキリスト教とアリストテレス哲学を融合させたスコラ哲学が中心。そして、ここから外れるものは、「火あぶり」。どうしようもない。

【十字軍の失敗】

しかし、最大の転機は十字軍の失敗

セルジューク・トルコの隆盛により危機を迎えた東ローマ帝国から救援要請を受けたウルバヌス2世は、1095年、クレルモンの公会議で十字軍派遣を決定。

しかし、結果は敗退するは現地で非道行為を行うは「散々」であった。

【ルネサンスと宗教改革】

そして、キリスト教の権威は失墜。1000年間積もり積もった鬱積が徐々に表れる。まず、キリスト教がなかったギリシア・ローマ時代にはあんなに人間が生き生きと暮らしていたではないか、ということでルネサンスが生じる

そして、贖宥状問題に端を発して(※フス裁判ももちろん下地としてあるが)、ルターの宗教改革へとつながる。

ルターの宗教改革はパウロのそれに近いものであり、さらに間に入っている「教会」、「宗教者」を否定。

さらに過激なのがカルヴァン

世の中には救われる層と救われない層があると身もフタもない「二重予定説」を説いた。

しかし、もっともウケたのは「天職」があるなら神から「ごほうび」を受け取ることの妥当性を主張したこと。それまで「清貧」を主とした教えに嫌気がさしていた人たちに見事にマッチ。欧州で資本主義が発達したきっかけともなった。

【1545年の反宗教改革】

1545年、カトリックはトリエント公会議にて「反宗教改革」を宣言。1534年がイエズス会設立で、1543年がポルトガル人の種子島漂着、1549年がザビエル来日であり、日本史にも影響している。

ただ、当時の植民地であった南アメリカはカトリックの「中絶禁止」により人口爆発(※注:現在は鎮静化。『ファクトフルネス』より)、植民地経営の名残から来る「貧困」からなかなか抜け出せずにいる。

【ギリシア正教会】

ギリシア正教会は8世紀、カトリックから分離。しかし、1453年、東ローマ帝国が滅びる。

1472年、ロシア皇帝が東ローマ皇帝からギリシア正教教皇を引き継ぐ形で宣言し、総主教座もコンスタンティノープルからモスクワに移動した。

社会主義とはそりがあわず、ソ連時代には迫害を受けたが、ソ連崩壊に伴い、現在はようやくキリスト教第三勢力の座を認められてきている。

2.強さと脆さを併せ持つ「アメリカ」の正体―勝者と敗者を残酷に分かつ国―

アメリカ人は「わかりやすくフレンドリー」なマインドと、それと矛盾する「心を閉ざしたような外交」が交錯するようにみえる。これにはアメリカ誕生の歴史と、発展の歴史があるからだ。

1620年、英国国教会に不満をもち弾圧されたピューリタンが、「ピルグリム・ファーザーズ」としてアメリカに移住。

しかし、元々いたイギリス人や他国からの入植者、原住民とトラブルがつきない。そこで彼らは、「困難の先には明るい未来があるはず」と困難へのチャレンジを行うこととした。これはピューリタン精神によるところが大きい。

欧州で終わった宗教的な対立をもう一度余儀なくされたのち、最終的にプロテスタントが優位になるが、1970年代のリベラル全盛に対して「このままではアメリカがダメになる」という「福音主義」の人たちがメディアを通じて大衆伝道。これが一般市民に「モラル・マジョリティー」を形成させ、この勢力が共和党レーガン政権を後押し。「宗教右派」である。

近年はこの「宗教右派」がネオコンと結びついて強い勢力となっている。ネオコンとはつまり、「元左翼から回れ右」した保守層の人たちであり、自由主義を世界に広める強気の外交で知られる。ただ、民主党はこれとは関係なく、オバマ政権になってから同姓婚をみとめるなどの動きが増えている。

また、アメリカ開拓の精神のうえでプラグマティズムの理解は必要。

プラグマティズムとは実用的に効果があったものを真理とするもので、行うのは「仮説」と「検証」。真実は1つではなく、「相対的真理」というが存在するのもプラグマティズムの特徴である。

モンロー主義にみられるような孤立主義は単に内政に精を出していたからで、アメリカ大陸の領土を統一すると門戸開放宣言を出している

訴訟の多さに関しては単に人種が雑多なだけ。(訴訟で解決しないと収まらない。)

3.「イギリス」が何よりも重視する「快適さ」とは―やってみるが、突き詰めることはない―

「英国国教会」はヘンリー8世の時にできたが、ただカトリックから抜け出したかっただけなので「ゆるいプロテスタント」。

しかも、プロテスタントは「信仰の自由」をうたっているのに、国教会への信仰を強制しているのでおかしい。というわけで、「最も保守的なプロテスタント」となった。

イギリス経験論」と言えばフランシス・ベーコンが有名であるが、これにより「実験・観察」が重視されることになり、「神の世」を「人の世」に変えるきっかけになった。そんなの当然では?と今では思うが、それまでの1000年間、キリスト教の価値観に全て支配されていたため、ベーコンの考えというものは斬新であったのだ。

さらにベーコンはこの経験論から「帰納法」を編み出し、「個々の事実から真理・法則を導く」というやり方で真理を探究した。

ベーコンのあとにはロック・バークリー・ヒュームらがいるが、市民革命、産業革命もこれらの哲学が影響していることは間違いない。

資本主義社会で伸びてきたのは「功利主義」。代表がベンサムミル

ベンサムの特徴は「結果説」であり、結果にこだわる点である。さらに「最大多数の最大幸福(1人1人の快楽量の総和が社会全体の快楽量)」をスローガンにすることが資本家の救いとなった。

経済面では進化論系の思想があり、ダーウィン「種の起源」と、それに影響を及ぼしたアダム・スミス「自由放任経済」などがそれだ。そして、これはスペンサーの「社会進化論」へ発展していく。(適者生存という考え。)

※編注:ダーウィンの考えは誤解されている部分もあるため『進化論はいかに進化したのか』(更科功、2019年)、『進化論物語』(垂水雄二、2018年)など、より専門的な書物の一読が望ましい。

4.宗教に「冷めた」哲学大国「フランス」が生む対立ー理性を何よりも重んじるー

フランスの高校では「哲学」が必修科目であり、「バカロレア」というフランスにおける大学入試センター試験のもので出題される。

その内容も、「君にとって自由とは?」「信仰と理性とは?」「真実とは?」と難しい。そういう人たちであるため、議論好きで知的な人が多い。

というと、とっつきにくい感があるが、自国へのプライドは高いので、フランスをほめることで近づくことができる。

【啓蒙思想】

啓蒙思想】はフランス人の一番根っこにある「理性第一主義」であり、「無知・偏見からの理性による解放」を目指す思想である。

国王が国を支配している、というような当たり前のような理不尽に対して理性の光を当てることが目標である。代表者はヴォルテール。イギリスへ2年間の亡命中に啓蒙思想の必要性を強めた。

その後、ディドロとともに【百科全書】を作成。元々は単なるイギリスの百科事典の翻訳書であったが、徐々にヒートアップし、ルソー、ダランベールなども加わり、いつの間にか啓蒙思想の集大成として「革命の扇動書」に。当初の方針とはずれたが、フランス人民に「考え方の革新」を迫る書となった。

【実証主義】

革命は成功したが、その後も政治混乱は続く。そんな中現れたのがコントの実証主義。ベーコンの経験論に近い。大事なのは神でも観念でもなく、あるがままの世の中を見ることで、これができないと改善のしようもない、という考え。

【実存主義】

その後、産業革命に次ぐ資本主義社会の中で生まれたのが実存主義。代表者はキルケゴール(デンマーク人)、サルトル。巨大化した社会に人間がのみこまれそうになる危機感から産まれてきた哲学である。

キルケゴールは「世界の真理が見えたところでそれが何の役に立つ?私が欲しいのは自分にとっての真理、つまり自分がそのために生き、死ねるような真理だ」と。

サルトルは無神論者

「もしも神がいるならば神は人間を作る際、まず設計図(=本質)を作り、それに合わせて現実の人間(=実存)を創り出すはず。しかしこの世に神はいない。だから人間はまず設計図なしで誕生し、その後、自分の人生の中で自分の本質をつくっていく(=実存が本質に先立つ)」

神なき世界では設計図などないのだから人間は自分のあり方すべてを自分で決められる。人間は自由な存在である。(ただ、それには当然、責任が伴う)

しかし、サルトルの運動は社会の反発を招き、社会からも左翼系からも弾圧を受ける。

【構造主義】

そのような実存主義の衰退の中で実存主義と対立していた「構造主義」が台頭。代表者はレヴィ=ストロース

「西欧人は文明的、未開人は野蛮か?」という質問には、構造レベルでみると、西欧人は現状に不満、未開人は現状に満足なので、あながち決めつけられない、という答えになる。

近代の人間中心主義や個ばかり重視する実存主義を批判し、さらには西欧ローカル丸出しの一方的な価値観に一石を投じたのが構造主義である。

【ポスト構造主義】

ただ、構造主義はあまりにも傍観者的で社会を変えるまでは至らず。

デリダは「明晰さとの決別」から始まり、何でもかんでも言葉で表そうとするロゴス中心主義、簡単に是非、善悪で割り切ってしまう二元論的な考え、何でも神と結びつけるような目的論的考えなどを捨てることにつながり。

フーコーは「社会構造をネガティブな側面からとらえる」という視点を持ち、その社会構造で何が「拒否されているか」に目を付けた。(フーコーの考えたものは「狂気」。)

というわけで、フランスでは宗教はむしろ「理性的な思考の邪魔になる」と思われており、キリスト教国であるが、学校に十字架のネックレスをしていくことが認められていない

イスラム教の女性がかぶる「ブルカ」禁止例はテロ対策の意味合いもあるが、哲学的な影響もある。

5.EU経済の盟主「ドイツ」の日本とは違う「マジメさ」-生きるための知恵を突き詰めてきた国ー

ドイツ人のマジメさと日本人のマジメさはちょっと違う。ドイツ人のそれは「和を乱してでもルールを守ろうとする真面目さ」である。時間厳守、規則厳守で質素・倹約は大好き。

この源泉は宗教改革が根付いたことによるものではないかと思う。(※実際はどうかはわからない。)

【ドイツ観念論】

ドイツは長年、諸侯がたくさんいるような戦国時代のような国。外面的な社会変革より「内面的な道徳世界」の確立を目指す思想が生まれた。代表者はカント。

人間の理性を自然科学を扱う「理論理性」と道徳や哲学を扱う「実践理性」に分け、実践理性の命令に従うことこそが理想の内面世界を築くカギになると主張。全員が実践理性に従うことで理想の道徳社会が実現するはずだ、という。

これはキリスト教とも親和性が高いが、同時にその道徳に対して明示していないのでナチスにもつながる。(※ただ、こういう人が生まれてくる風土自体、マジメなのであろう。)

もう1人の代表者は「絶対精神」「弁証法」のヘーゲル。

自由を本質とする神のような存在(絶対精神)が人間を操り、社会や歴史が発展する。その運動法則に弁証法が存在する。「テーゼ」と「アンチテーゼ」の対立で「ジンテーゼ」に昇華されるというわけだ。

【社会主義】

イギリスにおけるオーウェン、フランスにおけるサン=シモン、フーリエなどの上からの「空想的社会主義」とは異なり、マルクスは自分で勝ち取る社会主義を目指した。

マルクスは考え方を科学的に行うことで合理的な社会が実現すると考え、「唯物論」を展開。意識よりも存在を重視した。(ほか、フォイエルバッハなども唯物論の代表。「神が人間を創ったのではない。人間が神を創ったのだ。」)

そして、唯物論に弁証法を組み合わせることで、「物質を生み出す労働で生まれる労使の階級対立はやがて革命に発展し、よりよい社会(社会主義)の誕生につながる」という思想になる。(※ただ、これを考えると資本家と労働者の対立は労働者が勝つ、という前提で話をしている)

【フランクフルト学派】

誤った理性化こそナチズムを招いた原因である。しかし、そんな中で気を吐いたのがホルクハイマー率いるフランクフルト学派。代表的な研究員にはアドルノ。

啓蒙運動は多くの人間を理性化し、科学の進歩に貢献してきたが、その理性化の多くは「正解を与える教育」で行ってしまったため、それが僕たちから思考の自由を奪い取った。

その結果、有用性のみを追い求め(道具的理性)、物事を熟慮し批判的にとらえる理性(批判的理性)がなく、その結果、「物分りはいいが、批判能力のない従順なロボット」になってしまった。権力側からすると操りやすい分、非常に危険だ。

啓蒙運動の結果がファシズムでは悲しすぎる。理性一辺倒ではなく、素朴な直観力なども加えた「自然と理性の融合」をめざすべき、とする考え方。

長くなったので【後編】へ。