こんにちは。
今回ご紹介しますのは、「古代史から解く 伴大納言絵巻の謎」(倉西裕子、2009年、勉誠出版)です。
「伴大納言絵巻」が作られたのは「応天門の変(866年)」から300年も経ってからなんですってね。
つまり、今で言えば徳川家斉時代を描くようなものです。
なぜ、わざわざそんな時期に?というのが本書のテーマでもあります。
ミステリー小説を読んでいるかの如く、引き込まれる内容でした。
【応天門の変の概略】
866年、応天門焼失(※当時、清和天皇17歳。)
↓
左大臣源信(57歳)が告発される
※左大臣とは当時No2。源信は嵯峨天皇皇子。当時No.1の太政大臣は藤原良房63歳。
※この告発は伴善男が右大臣(No.3) 藤原良相(良房弟)と謀ったのではないか?
(善男にとって嵯峨源氏がライバル、良相にとっては兄・良房が目の上のたんこぶ)
※良相は一族の基経に源信逮捕を求めるが、基経はその根拠を求めるとともに一切を良房に報告。
↓
藤原良房、即座に信の逮捕撤回を清和天皇に依願。
※絵巻に書かれている場面でもあります。
【藤原良房が抱えていた3つの憂い】
①清和天皇の親政(→清和天皇も17歳になっていた。親政により藤原氏の力が衰える)
②弟の良相が藤原宗家を継ぐこと
③嵯峨源氏による皇親政治
信が逮捕されると、②が決定的となり、本家が乗っ取られるのを何としても阻止したかった。
最悪のケースは①+②。
↓
半年後、大納言伴善男56歳が捕らえられる。
※告発したのは嵯峨源氏側。善男はもちろん否定。
↓
従者による鷹取娘殺害事件で有罪に
※清和天皇の依頼で良房が根回し?
※尋問が長引くと嵯峨源氏側が不利に。そうなると再び②の危険性が増す。
※また、清和天皇にとって「大伴家=天武系」は決して仲間ではない。
↓
体調回復して摂政に返り咲いていた良房は権力も回復。源信はずっと左大臣のまま。弟の良相はずっと上にいけず。養子の基経がその間に出世し、良房の地位を引き継ぐ。
【大伴氏】
天智系vs天武系は、「藤原家」vs「大伴家」でもあり、奈良時代には藤原仲麻呂による「大伴古麻呂撲殺」、大伴継人による「藤原種継暗殺」などが起こる。
外交においては、「親百済」vs「親新羅」で対立。(百済救出に白村江に出兵した天智天皇に対して、その後の天武天皇は対唐・親新羅路線)
さらに、蘇我氏と大伴氏は仲間であったのに対して、蘇我氏と中臣氏(藤原氏)は乙巳の変で敵対、という因縁も有る。
大伴氏は、もともと天皇の側近でもあり、雄略天皇の時期に発展しました。蘇我氏とはもともと仲間です。
新羅とは伝統的に友好関係にもあります。(「壬申の乱」では天武側につきました。)
奈良時代、「長屋王の変」が起こりましたが、この際、大伴旅人は藤原四兄弟によって大宰府に左遷させられており、長屋王から遠ざけられていました。
旅人の弟、宿奈麻呂が、善男の4代前です。(宿奈麻呂ー古麻呂ー継人ー国道ー善男)
大伴古麻呂は鑑真密航時に活躍するなど、対唐外交で活躍しましたが、橘奈良麻呂の乱で藤原仲麻呂により撲殺されました。
大伴継人は政権争いに関わり藤原種継暗殺事件を起こし処分、大伴家は打撃を受けた。(首謀者の大伴家持は大伴旅人の息子。)
大伴国道は空海とも交流が有る人物であったが、陸奥守として転出したところ急逝。
※823年、淳和天皇就任に際して、大伴氏は伴氏に変更。淳和天皇が大伴皇子と呼ばれていたため。
伴善男
811年~868年。
橘奈良麻呂の血も引く仁明天皇の引き立てもあり、大納言にまで出世した。
しかし、850年に仁明天皇は死去。
「応天門の変(866年)」では左遷されることになり、配流先で死亡。
※大伴善男、エリートコースではなかったが図書館に勤め始めた縁で仁明天皇の学友に。31歳(841年)でようやく官位を得る。(ちなみに、仁明天皇の母は橘氏で橘奈良麻呂の孫。即位後、奈良麻呂に官位を贈り名誉を回復させた。学問好きとしても知られる。)
※842年「承和の変」で運よく出世。「法隆寺財物横領事件」の処断で名を馳せる。
※小野篁(802-853)は伴善男をバックアップ。
※850年、仁明天皇は40歳の若さで崩御。24歳で文徳天皇が即位した
立坊争い:良房は善男を取り込もうとした。
それは善男の能力的な面もあったが、藤原良房の深慮もあった。
文徳天皇の皇太子問題(立坊争い)で2人は急接近する。
立坊争い…文徳天皇の皇太子争い。文徳天皇は第1皇子を皇太子にしようと考えていたが、藤原良房がそれを阻んだ件のことです。
※第1皇子惟喬親王及び、第2皇子の母は紀名虎娘の紀静子。第3皇子の母は滋野貞主娘、第4皇子の母は藤原良房娘の明子(あきらけいこ)。第4皇子は生後20日。
※第4皇子を皇太子にするにあたって、競馬10番勝負や、相撲などが行われた。(立坊争い)
※名虎と相撲した「よしお」こそ伴善男説。
第4皇子が9歳になった時、文徳天皇が死去し、清和天皇として即位しました(858年)。
以後も善男は昇進し、大伴家としては旅人以来、130年ぶりの大納言就任となりましたが(864年)、その2年後に応天門の変が起きます。
藤原良房は、嵯峨源氏より弟こそ注意。
当時、良房は肺病にかかり、政務ができず。
善男は良相に乗り換えた?
嵯峨源氏と善男は以前より対立していました。
さらに、源信が武芸者を集めていると聞き、穏やかではありません。
しかし、善男の後ろ盾であった良房は当時、肺病でした。
そのため、善男は良相と接近します。
一方、良房は嵯峨源氏から妻をもらっていました。
良房にとっても、嵯峨源氏をライバル視する善男は信用できなかったかも知れません。
また、嵯峨源氏は代々、百済、藤原氏とつながりが深いのに対し、大伴氏は代々、新羅、蘇我氏とつながりが深かったのです。
この時期、新羅から難民が多数押し寄せており、彼らから攻撃も受けていました。
そうした面も含めて、「親百済」派と「親新羅派」の対立が平安時代に再燃したとも言えます。
大伴氏が誇りある応天門を焼くはずはない?
応天門が焼失したのは事実ですが、犯人は誰なのでしょう。
源信は放っておけば権力が手に入る地位にいたので、動機不十分です。
良房だとすると、その相手は良相になるのですが、良相のダメージにつながっていないので違うでしょう。
善男にとっても、一族の誇りである応天門(=大伴門)を焼くとは思えない、というのが大勢の見方。
偶発的事件では?とも考えられます。
伴善男が一族の誇りを焼いてまで、相手を貶める、というパターンはドラマ的にもアリな気もしますが…
まあ、基経(31歳)が賢かった。
結局、事件を総括すると良相に源信逮捕を求められても、良相と善男の策略を見抜き、即刻逮捕を断った基経(31歳)が賢かった、と言えます。
そして、報告を受けた清和天皇は良房、ひいては嵯峨源氏DNAを選択します。
さらに、連座して紀家から豊城、夏井、春道、武城が流罪となりました。
彼らの多くは事件に全く関係なかったのですが、連座して逮捕されたのは紀氏が立坊争いで敗れた清和天皇の兄にあたる系譜だったからでしょうか。
しかし、清和天皇は良房と結託したことで、有能な官僚を失い、親政も不可能になってしまいました。
(※良房、源信は実務型ではない。むしろ弟の良相、善男の方が官僚としては優秀との評も。)
※紀夏井は一時期、讃岐守を務めました。後に讃岐守を務めた菅原道真は夏井と常に比較されて困ったと言われます。ただ、良房にとって最悪の事態は「良相ー善男ー文人官僚ー清和天皇体制」であったため、標的とされてしまったのでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%80%E5%A4%8F%E4%BA%95
派閥にとらわれない動きを見せる良房の権謀術数。
良房もまた見事だったと言えるでしょう。
良房は外交事情にも詳しく、「反新羅感情」をうまく使ったのも善男との違いでした。
実際に870年頃には新羅による日本侵略が現実味を帯びていたのです。
絵巻の人物の謎。
そして、いまだに謎とされているのが、「伴大納言絵巻」です。
これは、
事件の300年後、後白河法皇サロンで絵巻が制作
されたものなのですが、「絵巻の中に大納言が書かれていない」のです。
しかし、清和天皇と話をしているのは、良房であり、いそいで信を無実にするように説得している姿と推測されております。(急いでいるせいもあり、軽装。)
そして、襖の向こうで聞いている人物こそ基経。
一方、清涼殿にたたずむのは善男ではなく、源信ではないかと倉西先生は推測されております。
正装でありながら、裸足。そして、祈りを捧げている、また、「竹」があるというのは、「天智天皇」を暗示する意味もあるのではないか、と。(また、生霊ではないかという説も。)
当時、「鹿ケ谷事件」や同時期に火災などもありましたが、それと絡めて源氏の旗揚げを促しているとも?
後白河にとっては、自分自身は源信、自分を貶めようとしている清盛が伴善男、と言いたかったのではないか?という大胆な説でもあります。
まだまだ根拠はありますが、詳しくはぜひ本書を。
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