~只今、全面改訂中~

こんにちは。

今回ご紹介しますのは、「栗林忠道、今村均、本間雅晴」です。

この3人、一般的な知名度は低いと思われますが、「もし」彼らが「ちゃんと」出世していたら、もうちょっと違った展開になったんじゃないか、と思わせるほどの英傑です。

それを阻んだのは不可解、不公平、無戦略な人事。

以下、「昭和陸海軍の失敗」を参考にさせて頂きました。

★栗林忠道…開戦後、香港を18日で制覇。のちの「硫黄島」での奮戦でも知られる。

★今村均…開戦後、インドネシアを制覇。善政を敷くが、生ぬるいとして本部より更迭。

★本間雅晴…開戦後、マニラ攻略。マッカーサーを打ち破る。

この3人はいずれも<幼年学校>出身ではありませんでした。

ただ、普通中学出身者は陸軍内で「主流」にはなれなかったのです。

陸軍は明治以後の「藩閥制度」を打破したとはいえ、今度は「幼年学校出身かそうでないか」という派閥を作ってしまっていたのです。

また、3人とも傍流であるゆえか英米を知っているというのもポイント。(当時の陸軍の主流は断然ドイツ駐在。)

英米を知るものたちは対英、対米開戦に批判的でした。
しかし、英米と戦争をするのに軍中枢に英米を知る人がいなかったことも問題

【栗林忠道】

写真はwikipediaより

略年表

1891 長野県松代藩の家系に生まれる。
1912 ジャーナリストになろうと東亜同文書院も合格していたが、恩師の薦めもあり陸軍士官学校へ入校。
・幼年学校出身ではない。(※1)
1914 陸軍士官学校卒業(26期)。
1923 陸大を次席で卒業(35期)。
1927 アメリカ駐在。
1941 太平洋戦争開戦。イギリス軍と戦い、香港を18日間で制圧
1944 小笠原方面を守るべく硫黄島に着任。2万の兵を率いて6万の相手、しかも制空権も制海権ももった相手に36日間持ちこたえた。(※2)
1945 硫黄島で戦死

(※1)幼年学校出身者は主流になれないことから弟が士官学校を受けようとしたときは、もっと勉強して海軍に行けと反対。

(※2)玉砕禁止を出し、合理的な戦法で米軍に抗戦。本来、すべての軍が栗林のような持久戦でいくべきであったのだろうが、大本営が持久戦か短期戦か決めなかったことも問題。ガダルカナルでの失敗は服部や辻の責任が大きい。

♨栗林、今村、本間がいなければ開戦当初の快進撃もなかったかもしれない、と言う評。

【今村均】

写真はwikipediaより

略年表

1886 宮城県仙台市で出生。仙台藩の参謀の家系。
1907 陸軍士官学校卒業(19期)。
1915 陸大を首席で卒業(27期)。
1918 イギリスに駐在。
1927 インドに駐在。
1940 教育総監部本部長。
1942 開戦直後、インドネシアを攻略。ジャワ島上陸後9日間でオランダ軍を降伏させる。ここでの軍政が評価高いが、同年、左遷されラバウルへ。(※1)
1947 敗戦後、自ら希望して一般兵士用の収容施設に入る。
1950 部下と同じところで服役すべきとしてマヌス島へ戻る。
1968 死去。82歳。

(※1)2年間税金免除、オランダ軍から没収した金で学校創設などなど善政が敷かれる。陸軍のビンタなどを批判している水木しげるも今村のことは絶賛。

ただ、これらの政策が生ぬるいとして軍中央の不興を買い、杉山元参謀総長、武藤章、冨永恭次らが現地を訪れ転換を求めるも、「占領地統治要綱」を持ち出し反論

残念ながら更迭されたが、後任の原田熊吉は宥和政策を辞めたためにジャワ島民はゲリラ化。

ちなみに海軍の誤射で危うく海没する事件があったが、不問にした。

♨この人、荒木貞夫の皇道派優先人事の被害にもあってたっけ。

【本間雅晴】

略年表

1887 佐渡で生まれる。
1907 陸軍士官学校卒業(19期)。
1915 陸大3位で卒業(27期)。
1918 イギリス駐在。
1941 開戦後、フィリピンへ侵攻し、マニラを陥落させる。(※1)
1942 左遷。
1946 銃殺刑。58歳。

(※1)杉山元に「開戦45日以内にマニラを占領すべし」と言われ、「敵情を承知していないのに不合理」と反論。もっとも、早々に陥落させる。マッカーサーが逃亡したため、マニラ陥落後、米兵、フィリピン兵7万6000人を収容所に送ったが、この際、炎天下で60キロ歩かせたこと(「バターン死の行軍」)を問題視され、戦後、罪に問われる。彼とつきあいのあった英国陸軍ピゴット少将はわざわざ弁護をしに出廷。

(※2)裁判後、銃殺までが早かったのはマッカーサーの個人的な復讐であったのではないかと言われる。

♨本間雅晴については【コチラ:太平洋戦争の新常識】も是非。

♨炎天下で60キロ歩くのは、日本兵だったら大丈夫だったかもしれないが、それを基準にしちゃダメ、という意見も。うーん…。

♨というか、マッカーサーが部下おいて逃げたから、こうなったんだろうが。

次章は服部卓四郎・辻政信編

コチラも。