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☞【幕末とはいつからだ?】『幕末史かく流れゆく』(中村彰彦、2018年、中央公論新社)

教科書とは違う、歴史書の一番面白いところは、「筆者の意見」だと思うんですよね。

そういう意味でも中村彰彦先生の書籍は「面白い」ですし、中村先生の御意見って「心に刺さる」んですよ。

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いつからが「幕末」か?

まず、「いつからが幕末か」という点。

こんなこと考えてもみませんでした。

氏は、これをペリー来航12年前の「1841年7月」としました。

これは、幕府の「三方領地替え撤回」が行なわれた月であり、これこそが「幕府の権威低下」を象徴する「幕末の始まり」だと仰られるのです。

そして、「幕府の権威低下」を横目に見ながら少年期を過ごしたのが「天保生まれ世代(1830~1844)」。

彼らが「幕末」の主人公となっていくのだ、と。

心に刺さります。

※【天保生まれ世代】
吉田松陰(元年)、清河八郎(元年)、孝明天皇(2年)、木戸孝允(4年)、佐々木只三郎(4年)、近藤勇(5年)、河上彦斎(5年)、松平容保(6年)、土方歳三(6年)、坂本龍馬(6年)、三条実美(8年)、中岡慎太郎(9年)、岡田以蔵(9年)、高杉晋作(10年)、久坂玄瑞(11年)、今井信郎(12年)など。

西郷、大久保は「文政」生まれ。

阿部正弘を一刀両断。

続いて、老中首座・阿部正弘の評価。

阿部正弘は難局を調整した苦労人の風に見られることが多いですよね。

若くして亡くなられたこともその傾向を助長しているように感じます。

ところが、氏は阿部正弘を「優柔不断、外交音痴」と一刀両断。

水戸東照宮の運営に口出しして隠居謹慎となっていた徳川斉昭をわざわざ海防参与に任じたことで、

斉昭に接近する大名が増え、薩摩藩が水戸学と深く結びついたとして、

阿部正弘の責任を追及しております。

もっとも、ハリスとの交渉にあたった井上清直、水野忠震らを登用したことは大きく評価。

ハリスは誤解されている

また、多くの日本人に誤解されていると思われるのが初代駐日公使タウンゼント・ハリス。

「唐人お吉」を妾扱いしたなんてことはありません。

それどころかむしろハリスは病身であったので看護師を欲しておりました。

しかし、「看護師」が何か知らない下田奉行が、斎藤きちを送ったというのが真相のようです。(※籠絡の意味もあったであろう。)

ハリスは実母を理想の女性とするフェミニストでもあり、性病疑いもあったきちを3日で家に帰しました。

堀田正睦の名誉回復

また、通商条約に勅許を求めたことで「最悪」などのレッテルを貼られた老中首座・堀田正睦にも氏により名誉回復の機会が。

もともと堀田は「東の蘭癖大名」とも言われており、佐倉藩主としては極めて優秀でした。

佐藤泰然を藩士として採用して順天堂を開設したほか、

1849年には領民に無料で種痘を施しております。

そもそも幕府が朝廷の権威にすがろうとして無理な政策を実行しようとしはじめたのは、徳川斉昭と阿部正弘の代、

ということでやっぱり阿部正弘糾弾となります。

井伊直弼の評価

だからといって阿部正弘を批判した井伊直弼を評価しているわけでもありません。

攘夷派と開国派、南紀派と一橋派がそれぞれ相手を追い落とそうと陰謀を繰り広げて、これではダメだ、老中首座の上に「さらなる権威を作らねばならぬ」、ということで選ばれたのが井伊直弼ですが、

氏は「敵か味方か、二元論でしかものを見ることができない人物」と手厳しい評価。

高評価を受けたのは?

一方、あまり有名とは言えないまでも高評価をしているのが上田藩主・松平忠固

彼は開国派であり、無勅許調印でも良いと考えていました。

南紀派か一橋派かという時に徳川斉昭を追い落としたのも彼です。

忠固としては、もし慶喜が14代将軍になり、斉昭がその補佐をしていれば攘夷戦争が起こったと考えていたことでしょう。

一本筋の通った姿勢が高評価につながっていると思われます。

松平忠固については最近、新書が出ました↓

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などなど。

時系列で書かれているので、頭の整理にもなりました。

阿部正弘→(徳川斉昭を海防参与にするも分裂)→堀田正睦→(通商条約勅許問題で揺れる)→井伊直弼(二元論に陥りすぎ)という大きな流れがつかめれば良いかと思います。

後半を読むと長州藩(萩藩)の毛利親子はただの「そうせい候」ではなく、なかなかの策略家ということもわかりました。

そして、やはり慶喜のことは「ああいえばこういうタイプ」と否定的。

戊辰戦争での敵前逃亡は近代国家なら銃殺ものの重罪ですが、「武家諸法度には将軍の罰則規定はなかった」のです。(おまけに愛人は一緒に連れて逃げる)